多摩川に死す

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<<・・・・・仰々しく主義を語らぬのが保守思想だとわきまえながらも、「吾こそは保守主義者なり」とあえて名告りを挙げているのが私の場合なのだ。
そう言挙げすることの利便というのもあるのである。私は、この六年近く、嫁と娘の手を借りながら、末期癌の宣告を受けた妻にたいして、あれこれの作業を合わせて一日四時間の鍼灸治療を施しつづけている。看病自慢をしたいのではない。かかるプラティカル・ナレッジ(実際知)のプラクティス(慣行の実践)をなすに当たって、お前は保守主義者だと自分に宣告しておくと、気力が湧いてきて都合がよいのである。陽明学の用語をつかって逆にいうと、知行合一のための良知を、「死を考えるという点においてのみ強い。葦の如くに弱い人間」(パスカル)が守り抜くには、少々無理強いの決意も必要なのかもしれない。・・・・・>>
平成24年10月、西部邁さんが著作の「あとがき」にそう記してあります。平成26年に奥様がお亡くなりになり、西部さんもご病気になられ、最期の著作はご自身の右手で文字が書けず、娘さんの口述筆記だったという。そして、今年になって、西部邁、多摩川に死す。享年78歳。
心よりご冥福をお祈りいたします。
長いこと身近なものとして「死を考え」ておられたのでしょう。活字になった作品と作家がどう生きたかは密接な関係にあるにもかかわらず、私は彼の実生活をほとんど知らなかった。彼なりに人生を完結されたのでしょう。
彼は我らの発想や思考や思想に多くのヒントを与えてくれたのではありませんか。私は年齢を重ねてゆくにつれ、彼を好きになりました。人生の大先輩に対して生意気な言い方ですが、彼は憎めない、実に愛すべき人間でした。
今日は彼の「最期の書」を買いに行こうと思う。

日曜日にスナップエンドウの種を直播きした。発芽率50パーセントはあるでしょうから、マルチルーフィングの一穴に2粒埋めた。
土日は久しぶりに耕運機を動かした。他にいつもの伐採作業でチエーンソーや刈払機を使い、鉈を振った。疲れました。そして、その疲れがなかなか抜けない。それでも私はリタイアしたら農業をやろうと思う。
小室哲哉さんも農業をやればいいのに、と今ふと思いました。
音楽家・小室哲哉も自死しました。不倫疑惑が報じられました。このところ「男女の関係はなかった」というセリフを何度も聞かされたが、小室さんの場合はおっしゃる通りでしょう。会見で彼が語っていました。ここ五・六年、男女の関係はなくて、ナニができない身体になっていたそうです。そこまで言うか?
記者からの「引退について看護師Aさんはなんておっしゃったか」という問いに、「もったいないと言った」と。
私にすれば、実に月並みな返答であり、恋愛関係というよりも看護師が患者に言う言葉だろうと思う。
では、不倫していないのになぜケジメの引退なのか。やはり、奥さんの介護や自身の病気、創作の行き詰まりもあったのでしょう。木村太郎は「なぜ奥さんの病気のことを言うのか!」と怒っていましたが、太郎の言い分も分からなくはないけれど、小室は実生活に大きな位置を占めることを述べなければ、引退話が彼なりに完結しないのでしょう。
彼も60歳を前にして、飯が食えるのであればリタイアした方がいい。農業ですよね。心身ともに健康になれそうな気がする。

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