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もち米四段仕込み二ダー。



(ヤプログでは画像をクリックしてください。)



酒どころ新潟の名酒だそうだ。いただきものであるが、皆様におすそ分けしたい。せめて、見るだけでも。

画像の柄杓の置き方が逆だったような気がします。これじゃ手水ですわな。



うまい酒にはワケがある 数少ない、もち米四段仕込み

かめぐちとは、しぼられた酒を最初に受けるところ。姫の井「かめぐち酒」は、適度に発酵したもろみをしぼったそのままの生酒、原酒をかめにつめました。この時期にしか味わえない厳寒づくりの一番しぼり。大手の酒蔵とは一味違う「手造り」の地酒をお楽しみください。

説明。米どころ新潟の酒米、天然伏流水の湧水、越後杜氏の技、雪深い無菌の仕込み蔵、そして数少ないもち米の四段仕込みは、酒のコクとまろみがつき、本当のうまみが好評。お蔭様で北海道から沖縄まで、多くの愛飲者へ・・・。

尚、姉妹品として、この酒を「雪中貯蔵かめぐち酒」としてビン詰めにて五月より夏期に販売しています。



ということですので、5月以降、ビン詰めをお買い求めください。

芋焼酎の本場にいる人間として、大変珍しいものでありました。神戸にいる私の叔父が年二回、酒を送ってくれます。山田錦と白雪でしたか、よくわかりませんが、大吟醸だか生酒だか、これもわかりませんが、お味の方にいたっては更にわかりません。通の人にはヨダレが出そうなのでしょうが、本当に私は申し訳ない。今年はこのかめに梅を漬けようと決意いたしました。



ところで、最近は韓国で凄い日本酒ブームだそうです。ワインのソムリエみたいに、日本酒の利き酒の資格があるようで、これに合格した人がレストランや日本料理店にいるそうです。資格者を何と呼んでいるのでしょうか。多分、「利き酒師」ではないかと思うが、真に受けない方がいいですよ。彼らに「士」を名乗らせたくはありません。ペテン師、詐欺師の「師」ですね。韓国でもサケでしょうが、ニホンサカリとも言っているようです。これは日本統治時代に朝鮮半島に流通していた日本酒の銘柄なんですね。嫌韓もいいでしょうが、我らはかつての統治者の子孫であるので、チョンさんたちを見下すことも無いけど、微笑ましい大分遅れた人々だ、つまりちょっとの優越感と軽蔑心でやわらかく見てやらねばならないと思う。嫌いだからといって、彼らに口汚い罵詈雑言を浴びせていては、日本の誇りはないでしょう。

酔っ払っている訳でもないのに、話が脱線しました。贈り主に感謝・感激、サンキューベロマッチ!
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[ 2011/02/25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

花尾神社



どこからでも目に付く、畑の中の大鳥居。





花尾神社社殿。

(ヤプログでは画像をクリックしてください。)



平成の大合併で鹿児島市花尾町となったが、旧日置郡郡山町花尾、私は先週の土曜日午前中にここへ参拝してきた。

その日は朝の8時に待ち合わせであったが、それだけで用件は済まず、3時間ほど時間を潰さなければならなくなった。私の自宅から片道50分はかかるので、自宅へ帰るわけにもいかず、相方に「この辺には本屋さんはないの?」と聞けばないと言う。それじゃ花尾神社に参拝して、昼食を早飯しようということになった。それでも退屈で時間を持て余すようなら、この近所に火山蝿さんが住んでいるから、彼に電話でもしてみようと考えた。結局、電話することは無かったが。



「花尾」とは、何と美しい響きの言葉であろうか。尾根に千種の花が咲き乱れていたので、このように呼ばれたのだという。今思い出したが、南薩方面に行くと「花渡川」という川がある。正式には「けどがわ」と読むのだそうだが、私はこの漢字の字面が好きだ。この二つとも、私はペンネームかハンネに使わせていただきたいくらいである。



花尾神社は、藩祖・島津忠久公が三州(薩摩・大隈・日向)の守護職に任ぜられて下向したおり、頼朝公の尊像を安置したのが始まりとされる。建保六年(1218年)。.

後に忠久公の生母・丹後局が亡くなり、ここにお祀りされた。安貞元年(1227年)。.以来、歴代藩主に崇敬された。拝殿内の彫刻等の装飾が美しく、「さつま日光」と呼ばれる。先日の「南日本新聞」という地方紙に偶々この神社のことが載っていた。義弘公朝鮮出兵の時から続く「太鼓踊り」という芸能があるのだそうだ。花尾小だったか、中学生だったか、「わが故郷」といった感じで紹介してましたよ。ここで武運祈願、志気を鼓舞したのでありましょう、半島では島津勢は勇猛果敢、大活躍でした。我がご先祖様に改めて感謝。

















[ 2011/02/22 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

美人局(つつもたせ)

最近は「コピペ」という言葉をよく聞くが、これは Copy and Paste の略したものであり、複写して転写することである。他人の文章のコピペは、読まされる側の人間にとっては、正直言ってつまらない。自分が感動した同じものを皆さんに感じて欲しいとしても、何等かの工夫がないと、コピペは基本的に私は面白くない。特にちょっとネットを覗いている人なら誰でも知っているようなことをコピペでまーーた読みたくはない。アンチテーゼとして示したり、自説の前置きに使うなり、コピペ者の意図やセンスを窺い知れるようなものであって欲しい。そう言いたくなるのは訳があって、実は、私はコンピューターとともに登場してきた「コピペ」という言葉自体が嫌いである。気に食わない。



日本語には多くの外来語もある。日本人みんなが使えば正しい日本語となるのだそうだ。考えてみれば、外国人が日本語を学ぶとすれば、語彙的には多くの日本人が頻繁に使用している言葉をまず学ぶことでしょう。言語は時代により意味も用法も変遷してきた。使われなくなって消滅した言葉もあることだろう。

今から三十年ほど前のこと、当然その頃は「コピペ」という日本語は存在していなかったが、「転写」と「移記」はどこがどう違うのか、と言う奴(友人)がいた。「移記」という言葉は今では日常的に使われることはまずない。しかしこの言葉は戸籍や登記などでまだ生きている。だから、国語辞典にはないが、法律用語辞典には載っているはずである。というのは当の私はこれを確認したのではないが、いかにも”それらしい”ではないか。転写された元のものは、転写された後も生きているが、移記された元のものは、移記された時点で効力を失うというか死んでしまう。「移記」は大昔から使われていたのであろうが、明治5年、壬申戸籍の頃はその全盛であったのではないかと思う。戸籍や登記がコンピューター化され、これらの言葉が消えるのではないか、危惧されるところである。単にコピペと言われても、私は戸惑うことでしょう。



たとえば、「授産施設」「授産所」「職安」・・・もしかしたら消え行く運命かもしれない。「知的障害者授産施設」というのがあって、これは障害者職業訓練所ではいけないの?と私が言えば、お役所に勤める友人は、「授産」という言葉はまだ法律に書かれている文言であるので、授産施設が正しいのだと言う。明治のはじめに廃刀令、四民平等ということで士族が職を失った。彼らに職を身に付けるため作られたのが、授産所だったのだという。ねずプロでキムラヤのアンパンのお話がありましたが、木村さんも最初は明治政府の授産所でパン製造を学んだのでした。



「美人局」という言葉は、美人の湯というのもあるからといって、「びじんのつぼね」とは読まない。「びじんのきょく」といって、美人の女子アナの多いテレビ局のことかと勘違いするひともいない。鼻の下の長いおじさんが綺麗な女性の後を付いていき、あるいは逆に連れて行き、ラブホあたりで「さあて始めようぜ」という時に、この女の彼氏だ、夫だという男性が乗り込んでくる。「てめー、俺の女房になんてことしやがる、落し前つけてもらおやないか。」まあ、大抵の男は精神的にも物理的にも一瞬にして縮みあがってしまうことでしょう。自業自得だとはいうものの、それは怖いことでしょう。金品を巻き上げられることとなる。私は経験無いので、よくわからないが、相応のことをさせられるのでしょう。こちらの「美人局」という言葉は法律には載っていないが、刑法上は詐欺、脅迫の類でしょう。



似たようなのに「ハニートラップ」というのがある。今や完全な日本語と言っても過言ではない。直訳すれば、「甘い罠」ということであるが、スパイ物でよくあるいわゆる「色仕掛け」である。これは怖い兄さんは出てこないが、本当は危険極まりないものである。最悪、国家を売ることにもなってしまう。総ての国民が被害を受ける。言葉の表面から受ける「甘い」印象とは大分違うのである。刑法上はかなり重い罰を受けていただくことになる。

美人局にひっかかれば怖い目にあう、嫌だ、ごめん被りたい、そんな認識を世の男たちは確実に抱いているのであるが、はまってはならない「ハニートラップ」というものに恐怖心を付加する方法は無いものだろうかと思う。啓蒙も大変だろうから、「ハニートラップ」という言葉を使わないようにして、「美人局」にしたらいかがであろうか。また、忘れ去られようとしている任侠道の親分衆に出番がやってくる、素晴らしい。と、私は思うけど。(大笑)
[ 2011/02/22 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

しあわせの歌

私は腕時計というものをしない。だから一個も持ってはいない。携帯にも車にも時計は付いているので、特別に困ったこともない。若い頃、美術品に興味を持ったことがあり、その時以来である。他人様の陶器類を触る時、腕時計は外したほうがいい、と目利きの方に注意された。時計で陶器を傷つけてしまう恐れがある。楽焼系統のものは特に脆い。また、紙や絹に描かれた日本画などは、手を触れてはならないのは言うまでも無いが、作品の前で唾を飛ばすな、とも教えられた。作品にシミをつけてしまうし、そこを虫に食われるのだと言う。作品の前では口にハンカチを当てて話すことになる。そうそう、木彫の虎の尻尾を折ったこともあった。何かの拍子で、腕時計を作品に当ててしまわないとも限らないので、腕時計を持たないことにしたのだった。



自分の室内ではPCにも時計が付いている。しかし、我が部屋にはどうしても壁に時計が必要である。、しかもそれはアナログでなければならない。私の長年の習慣であるので、壁時計がないと仕事や生活のペースがつかめない。乱れてしまう。ついには狂ってしまうことになる。

逆に、腕時計をしている人は、腕に何かないと落ち着かないのかもしれない。武士は絶えず腰に二本差していたので、刀を携えずに歩く姿も、誰が見てもお侍さんだと分ったと言う。あるべきものがあるべき場所にない、というのは変な感覚がすることであろう。実は、我が家の時計は秒針は動いているが、11時3分で止まったままである。もう数日になる。何の役割も果たすこともなく、針が空回りしているのか、電池の寿命が尽きるまで、ただ秒針だけが回り続けることだろう。この時計の行為を徒労というのではないか。私は高校時代に教師から、ギリシャ神話のシジフォスを例えて、「徒労」という言葉を教わった。余談ながら、君らは解からんだろうが、「還俗」「幽玄」という言葉くらいは覚えて置けよ、と言われたものだ。



徒労は人間の退廃の一つではないか、と私は思う。どうして、と言われても、それはもう、女性がチビ、デブ、ハゲが嫌いなのと同様に、生理的にそのように感じる。退廃的な小説が好きだ、という人がいたが、それは読み物の世界はそれでいいでしょうが、現世・俗世では退廃から逃れる、或いは断ち切ろうとすれば、死ぬしかないではありませんか。これは私が死ねと言っているのではなく、死ぬなと言っているつもりである。



「しあわせはおいらの願い 仕事はとっても苦しいが 流れる汗に未来を込めて 明るい社会をつくること」

これは昭和三十年・四十年代によく歌われたのであるが、私は気恥ずかしくて歌えなかった。これこそ徒労ではないか、と私は思っていた。くる日もくる日もベルトコンベアの前で、機械の歯車の一部であるかのように働かされる姿を想像した。製造業関係者からは、何を馬鹿なことを言う、と怒られるかもしれません。しかし、その代わりに当時の私は、自分はこれでいいのだろうか、こんなことしていていいのだろうか、という強迫観念に絶えず襲われていた。



この歌は昭和三十年、電気産業労働組合が全国公募した労働歌「しあわせの歌」である。作詞者は被爆者であるそうだが、歌詞をよく読めば、今の私は共感するところが多い。

今の今をより美しく つらぬき通して生きること

朝やけの山河をまもり

そして、組合員だからとか労働者だからということではなくて、被爆者およびひとりの日本人として

働くものの平和の心を 世界の人々にしめすこと



ところで、昭和四十年代は「幸せ」て、意外にも単純なものだったのかもしれない。私は渦の中にいたから見えなかっただけで、周りの人々は気付いていたのかもしれない。↓こんな歌が結婚式ソングでした。今考えても、この程度のささやかなもので十分だと思う。中村メイコ、神津善行夫婦の作品だったんですね。江利チエミ唄「新妻に捧げる歌」。少なくとも、退廃的ではない。

http://www.youtube.com/watch?v=411qrxigGVo



[ 2011/02/17 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

こんちわ相撲

あるユダヤ人の懺悔「日本人に謝りたい」(モルデカイ・モーゼ著、久保田政男訳、日新報道、2000円+税)

私はこの本のどの章のどのページから読んでも面白い。ちょっと手持ち無沙汰な時、この本をアトランダムに開くのである。昨夜、偶々開いたところに、大相撲のことが書いてあった。



<次にわれわれユダヤ人が是非学びたいと思うことに、日本の戦前にあった義理人情という美徳がある。武士の国日本では、他民族では絶対にもちえない繊細な心の機微というものがあった。本能的な西洋人には想像もつかない深遠な人間性の発露である。私は、この義理人情が究極点として天皇制に到達するものと考えている。

私の大好きなものの一つに大相撲があるが、ときどき「こんちわ相撲」ということを聞かされる。これを八百長相撲と表現するひともある。しかし私は、この表現は正しくないと思う。「貸し借り相撲」とも言われる。この言葉はどちrともとれる言葉だが、「八百長」よりはましだと思う。つまるところ、日本の大相撲のそれは根本において義理人情から発しているものだという点を理解するまでに、私は相当の日月を要したのである。

武士道的義理人情から発したものであったため、戦前ではこの「こんちは相撲」のことは角界以外には決して知られていなかったものである。つまり、マスコミの好餌となる材料ではなかったわけである。義理人情から出た結果なら、戦前の日本人なら決してそれを追及せず、そっとしておいてやる雅量をもっていたと思われる。しかるに戦後、ほとんど義理人情が失われた今日では、単純に汚い八百長と同次元に考えられることのほうが多いようである。>



三十年以上も前にこのようなことを書いている。戦後三十年の節目のころには、・・・しなければ戦後は終わらないとか、もはや戦後ではない、とかしきりに言われたのだった。江藤淳が「1946年憲法」を書いたり、GHQの検閲についての研究発表をしていた。

著者は、戦前の日本人が持っていた義理人情を、戦後僅か三十年にしてこのていたらく、それを嘆いておられる。



私は友達とこの件についてよく話をする。人情相撲はあったよ、若乃花ー貴乃花戦はお兄ちゃんが勝つに決まってるじゃないか。私の友人はそのように言ったが、私も、言われてみれば、今に思うことの、全くその通りである。

今回のケースで、マスコミの報じ方について、何かから目を逸らさせる為、或いは何かを隠蔽するための陽動作戦ではないか、という見方がある。私はそうヒネた考えはしない。だって、皆が注目するほどの立派なことが、ひっそりとであろうが、今行なわれているとも思えない。八百長フィーバーが嫌ならTVを見ないことです。誰も観ない番組は中止であって、また制作されることもない。



視聴率の調査も一般常識とかけ離れているように思う。TV関係者に聞いたが、人口60万人の鹿児島市でも、視聴率調査のTVは六十台だという。せめてサンプルは1000や2000はなくちゃなるまい。そして、昔のように居間で家族全員が1台のTVを観る時代でもなく、今は一人1台と言ってもよく、各部屋でそれぞれがTVを観ている。調査自体が現実と乖離しているのではあるまいか。

新聞にしても、一面に八百長ばかり掲載しているようでは、購読者は怒るべきだと思う。不買という手もあるし、スポンサーも広告中止すればいい。民意をまずマスコミに反映できなければ、政治に反映させることは難しいのではあるまいか。

その前に、義理人情を大切にする日本人社会へ戻ること。
[ 2011/02/10 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)