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知覧・鹿屋へ



最近、また寒くなりましたね。私の昨夜の夢は最悪でした。夢の中の主人公である私は、何かを叫んでいるのだが、声が出ない。言葉が出てこない。そんな時でも、多分、現実の私は冷静であって、何を言おうとしているのだろうかと観察している。寒さにガタガタ震えながら目が覚めた。現実世界の私は、夢の中の私が「寒い、寒い、誰かおらぬか」と言ってたことを理解したのであった。

それからは眠れなかった。少し頭痛がしたが、そのまま起きてしまった。



さて、5月3日は知覧特攻戦没者慰霊祭である。鹿児島市内を.11時ごろまでには出たい。式は1時30分から3時30分まで。その後、平和記念館を見学して、7時までに鹿児島市内に着けばいい。

鹿児島中央駅近くの寿司屋で懇親会。私は「宴会の予約します」と言って、お店の人たちを喜ばせておいて、「お一人1900円のだれやめセットにしてね」と言ってガッカリさせてしまった。ですから、これ以上悲しませたくないので、参加人員は事前に正確に伝えておきたい。参加者の皆さんは、できれば30日までに意思表示をお願いいたします。どうも私とはウマが合わない、また私と接触するのが都合が悪い向きは火山蝿さんにご一報くだされ。



え、その「だれやめ」ですが、直訳すればだれ(疲れ)やめ(止め)ということでありまして、一日一生懸命にお働きになったお父さんたちが、がんばった自分へのご褒美、飲む口実としてはベスト、ファイナルアンサーということになります。お造り、吸い物、小鉢が数鉢、にぎり4貫、ビールジョッキ一杯、焼酎一本がついてこの値段。これで食べ足りない、飲み足りないという御仁は、後は別会計、個人の発注業務ということになります。

二次会と翌日のスケジュールはそのときお話すればいいとは思いますが、できれば、4日11時までには海上自衛隊鹿屋基地、史料館に着きたいですね。そこで2時間くらいはアッという間に過ぎてしまいます。1時30ごろには昼食をいただきたいのです。去年は失敗しました。3時ごろ、鹿屋名物豚カツの竹亭本店へ行ったのですが、油の火を落としてしまったということで、食べることが出来ませんでした。

串良基地はすぐ近くです。







碑文には、生存者故郷の石、万感の思いを込めてここに納める、



殉忠の若鷲に捧ぐ



大空に散りし桜の花片を



手に揉みあげて君が名を呼ぶ、とある。



出撃することなく終戦を迎えた方々でしょう。その中には、水戸黄門役の俳優・西村晃さんや、茶道裏千家・千玄室大宗匠もおられた。また作家の山岡荘八さんは海軍報道班員として鹿屋におられ、毎日のように若者が飛び立つのを見送られた。戦後、自宅の庭に英霊の為の観音像を建立されたという。彼らに対する思いから、あの大長編小説「徳川家康」を書かれた。この作品は世界一のロングセラーでありベストセラーである。中国や韓国でも翻訳出版され、かの国でもちょっとしたブームが起きた。



一人の日本人として、当然のことを当然のようにしてやるだけである。









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[ 2011/04/29 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

花物語

少し長くなるかもしれませんが、お暇なーらー、見てよねっ。



春の夜明けのおののく薄明に、小鳥たちが木の間に神秘の調べをささやきかわすとき、それが、かれらの仲間に花のことを語っているのだと、感じたことはないだろうか。人間も花をめでるには、恋の歌と時をおなじくしているにちがいない。無意識のうちにも愛らしく、もの言わぬがゆえにかぐわしい花ならでは、どこに乙女ごころのほぐれてゆくところがあろうか。原始時代の男は、恋人にはじめて花輪をささげたとき、それによって獣性を脱した。かれはこうして、粗野な自然の本能を超克して人間らしくなったのである。そして、無用なものの微妙な用途をみとめたとき、はじめて芸術の国へ足を踏み入れたのである。



喜びにつけ悲しみにつけ、花はわれわれの不断の友である。花とともに食べ、飲み、歌い、踊り、戯れる。花を飾って結婚し、洗礼をおこない、花がなくては死ぬことさえできない。われわれは、百合の花をもって礼拝し、蓮の花をもって瞑想し、ばらや菊の花をつけて戦列を組んで突撃した。さらに花言葉で語ろうともした。花なくして、どうして生きていけようか。花を奪われた世界などは思うだに怖ろしいことだ。病める人の枕頭に、また、疲れはてた心のかげに、なんという倖わせの光をともすことであろう。花のもつ清らかな優しさは、あたかも美しい子供をみつめていると、うしなわれた希望がよび覚まされてくるように、宇宙に対して失いかけている信頼を回復してくれる。われわれが地下に葬られるとき、なつかしげに墓をおおって低回するのも花である。悲しいことに、われわれは花を友としながら、獣性の域をあまり脱していないという事実をかくすわけにいかない。(岡倉天心「茶の本」宮川寅雄訳、講談社文庫)



日本の精神を伝えようとして英語で書かれ、アメリカで出版された「武士道」という本がある。明治の末期、1900年頃だったと思う。同じ頃(天心の方が7・8年後)、天心は「東洋の理想」「日本の覚醒」「茶の本」を英文で書き、アメリカで出版した。当時、彼はこのような意味のことをシニカルに述べたという。「ちかごろ武士道についてしきりに論評されているが、茶道には、ほとんど注意がひかれていない。この道は生の術を説いているものだが、もし、われわれが文明国たるために、血なまぐさい戦争の名誉にたよらなければならないなら、むしろ、いつまでも野蛮国に甘んじていよう。」



この書は日本文化、なかでも日本の美や日本人の美意識について外国人に向けて書かれている。実は明治の知識人に学ばなければならないのは今の日本人にほかならない。私が英文科の学徒なら、これ等をいかにも明治の日本人の文体で翻訳してみたい。今に蘇らせてあげたい。

私の若い頃は「アメリカナイズ」という言葉が流行したように、周りには横文字があふれていた。思想も文学も芸術も。私は頑なに日本的なものが好きであった。純和風です。20歳代後半には茶道に凝った時期があった。そのとき読んだことは綺麗サッパリ忘れていたので、最近、就寝前に読み返してみた。



花にはやっぱり物語があるのだと思う。一輪のバラ、百万本のバラ。愛する人の年と同じ本数のバラ。なんだか、石田純一さんの世界だ。だから、彼も「不倫は文化だ」などと言わずに「花は文化だ」と言えばよかったのに。私は個人的には「不倫は文化」も間違いではないと思うが、あくまでも不倫は秘め事であり、”日陰の身”であるので、純ちゃんもスポットライトを浴び、TVカメラの前でぬけしゃあしゃあと言うべきことではなかった。

茶花は物語そのものと言っても過言ではない。3月28日、利休忌は済んでしまったが、その時は床に菜の花を活け、利休居士を偲ぶのである。



ちなみに、私は椿、山紫陽花、シャラなんかが好みです。



[ 2011/04/27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

今日の日記

http://www.youtube.com/watch?v=sQs-WslzR0E

http://www.youtube.com/watch?v=r5xSbc9xFj4

今日はお昼前に交番から電話があった。一瞬、ドキッとしたが、用件は私の運転免許証を拾得物として預っているので取りに来てください、ということであった。

マイカーで行くことになるのだが、家を出る時によく考えてみれば、免許証不携帯になってしまう。飛んで火に入る夏の虫になってしまうのではないか。警察はてぐすねひいて私を待っているのかもしれない。それで、何年も運転をしたことのないゴールドのペーパードライバーである家内に運転させた。私は助手席で、床を踏み破ってしまうのではないかというくらい幾度と無く右足を踏ん張った。



交番で免許証を受け取った時に、警官がメモ紙を渡し、この届けてくれた人に電話だけしてくださいと言う。世の中は狭いもので、実は私はこの人を知っていた。数年前に仕事で何回かお会いしたことのある人だった。ご本人さんに私の名刺を差し上げたはずであるので、直接私に電話をしてくれたらよかったのにと思う。高齢の方であるのでボケが少し入っているのかもしれない。私はお礼を述べ、この方の娘さんがマスコミで名前の知れた人であるので、娘さんによろしく、と言って電話を切ったのだった。



大事なものをどこで失くしてしまったのだろうと思い返してみた。自販機で煙草を買った時に、成人識別用に免許証を挿入したままであった。煙草とつり銭は取ったが、大事なものは忘れてしまった。それと言うのも、煙草の品切れが多くて、迷っていたらまた最初から自販機の操作をやり直さなければならなくなる。ちょっと焦ってたんですね。震災から40日も経て、まだ煙草のフィルターが”復旧”しないことに腹が立つ。こんなことも出来ずにいて、復興も覚束ない話ではないか。

それと原発も腹立つ。日本の電力の30パーセントを原発で賄っているので、原発は必要だ、などとヤクザのイチャモンのような理屈でもって、さもなくば計画停電ですよと半ば脅しをかけられる。専門家によれば、日本の火力発電所はフル稼働していないのだという。確か48パーセントしか稼動していないそうだ。

鹿児島県庁が年間消費する電力は入札により毎年「仕入先」が変わる。よく覚えてはいないが電力会社(九電)ではなかった。電力会社以外にも電気はあるのではないだろうか。



遊技場のリニューアルオープン新台入れ替えに行ってきた。ぱちんこ銭形平次。平次親分の大捕り物に、AKB48から誕生したチームZも参戦だ、そうだ。半世紀以上続いた庶民の娯楽も、ここまで来れば立派な伝統文化である。目の敵にすることもないでしょうに

[ 2011/04/24 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

年下の女の子

http://www.youtube.com/watch?v=wommkJBaMfU



田中好子さんが急に逝かれた。享年55歳。

私はキャンディーズではランちゃんよりスーちゃんが好きだった。私はこのフレーズを何回書いたかわからないくらい、随所に書いていると思う。巨人よりも阪神、大鵬よりも柏戸が好きだった。銀行やデパート、ディスカウントショップ、学校なども、地域一番店よりも二番店以下が好きだ。学校の場合は一番店とは言わないし、好き嫌いも言ってはおれないが、東大よりも駅弁大学が面白いという程度である。まあ、何となく私のひねた性格が現れている様だ。



スーちゃんは三人の中では少し太めで、あくまでも私の主観にすぎないけれど、動きが鈍そうであった。そして、見るからにど素人ぽさがあった。私から見れば、すごく健康的なイメージの年下の女の子であった。順番からすれば、当然私のほうが先だろうと思っていた。



「どうして二番ではいけないのですか?」と言った人が話題になった。どこで何についてこの言葉を発したか、というような状況を無視すれば、私は全く同感である。説明するよりも、スーちゃんや阪神、柏戸、そして東大よりも京大のよさを想像していただければ、それで足りるような気がする。ナンバーワンではなくてオンリーワンを目指すと言う人もいるが、それとも違う。もっとも適切な表現は、”劣等生万歳”ではないかと思う。これはまた、日を改めましょう。



私がスーちゃんを最後に観たのは、映画「明日への遺言」であった。この映画は藤田まことの遺作にもなってしまった。先の大戦の末期には我が国のほとんどの都市に対して米軍の無差別爆撃があった。名古屋地方の空襲の時、撃墜したB29の捕虜を裁判もせずに日本の軍人が殺してしまった。東海軍司令官の岡田中将は戦後B級戦犯として裁かれることになる。そもそも非戦闘員に対する攻撃は当時も国際法違反であった。岡田中将はこれを「法戦」として、裁判を闘う。部下には責任はなく、司令官たる自分に責任があるとして、従容として絞首台に昇ってゆく。



スーちゃんも歌っていた頃は、何かしら不器用でぎこちない感じがしていたが、女優としては人の好さそうな、昔どこにでも居たような典型的日本人女性だった、と私は思う。役柄のせいもあるのでしょうが。スーちゃんにとっても映画出演はこれが最後になったのではないでしょうか。こんなことなら、もっと真面目に観て置けば良かった。

映画としては、いろんなものを盛り込みすぎてピントのボケたような物語であったが。











[ 2011/04/23 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

電子たばこ

近所のコンビニの棚から国産煙草かきれいに消えた。来週には入荷するはずというが、愛煙家はそれまでどうすればいのだろうか。私は仕方なく洋モクを吸っている。ケント、ラーク、フィリップモリス。或るパチンコ店では、煙草はお一人一日日一箱の交換になります、と貼り紙がしてあった。これを機に禁煙に成功した人も、広い日本にはおられることでしょう。



私の友人の弟と息子は今年の1月1日より禁煙していると言う。「病院にでも通って治したの?」と訊けば、弟は「禁煙した後に入院していた」と訳の解からないことを言う。禁煙したら体調がよくなり、ウオーキングやランニングを欠かさなかった。自身で健康を実感したという。それで、長年飲んでいる降血圧剤のお薬を飲むのは続けていたが、自分勝手に半分に減らしていた。禁煙は誠におめでたいことではあるが、弟は脳出血で救急車で運ばれたんだと言う。



息子は電子たばこで止められたと言う。実物を見せてもらったが、煙草と同じ形をしていて、吸えば先っちょが赤くなっていかにも火がついているように見える。そして吸えば煙草そっくりの紫煙が出る。

「これどこに売ってんの、いくらするのよ」と訊けば、「買うつもりなんですか、僕があげますよ」と言って、机の抽斗から真新しい電子パイプを取り出した。これは一応充電をしなければならない。煙も全く無害の水蒸気なんだという。それ以来、一週間になるが、私は電子煙草も本物の煙草も吸っている。最初のうちは煙草の本数が減ったような気がしたが、今は昔と変わらない。車を運転する時はできるだけ電子を咥えたばこにしている。禁煙スペースでもこれならいける。お役所やエレベーターのなかで、わざと噴かしたりした。それも、飽きたというか、面白くも何ともなくなった。それでも半日も電子を吸わずにいると、無性に吸いたくなってくる。



昔、禁煙パイポというのがあった。TVコマーシャルで、冴えない顔の男性が小指を付き立てて、「私はこれで会社を辞めました、私はこれ(パイポ)で煙草を止めました」と言うものであった。私を含めて、これを使ったことのある人は多いのだろうが、効果はほとんどなかったのではなかろうか。煙草のリアリティがなかった。煙草のオモチャみたいに小さくて、香料は入っていたが、火も煙もでなかった。これを咥えて夜の街を歩くのは、丁度木枯紋二郎が流行った頃に焼き鳥の串を咥えて歩くような滑稽さがあった。



私は電子煙草は止められるかも知れないが、本物の煙草は止められそうに無いな。嫌煙権をヒステリックに叫ぶ人には申し訳ないが、今も天井の蛍光灯の周りに漂う紫煙を見ながらそう思う。









[ 2011/04/20 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)