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ワンダフル ワールド

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昨夜は夕食後、7時ごろだったでしょうか、TVを観ていたら軽い頭痛と睡魔に襲われた。布団に横になたら、そのまま寝入ってしまった。そして、夜中の0時30分に目覚めてしまった。私の頭脳はクリアである。であるだけに冷静であり、今夜のところは、憎まれ口をたたくのはやめようと思う。



我らの今いる世界は素晴らしい。このような認識もあるでしょうが、素晴らしき世界は理想郷として語られる場合が多い。理想郷は存在しないことが大前提であり、そんなものが存在したら、その時点で理想ではなくなってしまう。人は絶えず、理想の姿を願ったり、追い求めてゆくものなのでしょうか。特に言いたいこともありませんが、1970年前後、↓この曲がラジオの深夜放送から流れてくると、私はしばし癒されたのでした。当時は「癒やし系」という言葉は聞いたこともありませんでしたが。

明日は、と言っても28日、今日になってしまいましたが、新しくPCを入れ替えます。では、また。



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[ 2011/06/28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

私の復興プラン

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あの日からゆうに100日を経過した。行方不明者も、また避難所暮らしの方々も依然として多い。TV等ではガレキの山も度々映し出される。民間会社のやることでしょうが、タバコの供給すら復旧しない。問題は何と言ってもスピードであろう。



東北三県の復興だけではない。一見乱暴とも受け取れる言葉であるが、実は誰が最初に言い出すだろうか、と私は思っていた。先週だったか、TV番組の中で高橋洋一という人がおっしゃっていた、茨城も千葉もというような意味ではなくて、元々日本は平成長期不況のまっただ中であったのだから、国全体を元気にしないと大変なことになる、という焦燥感である。日本経済を浮揚させる、これは被災者の方々も願っておられることでありましょう。



私は奥尻町の復興を参考にすべきだと思う。津波の被害を受けた地域を盛り土して海抜高を上げ、同時に高台移転をした。日本では戦後、ほとんどの都市で戦災復興の区画整理事業を実施したのであるが、精算が済むまで数十年を要した。奥尻町では土地の買収方式を用いた。被災地を一律、平米当たりではなくて坪あたりでしょうね、2万5千円で町が買収した。そして工事完了後に被災者には同価格で分譲したのでしょう。なんと、6ヶ月で復興を成し遂げた。東北とは規模が違う、とおっしゃるかもしれませんが、東北にはそれなりの大規模な資金や人材、権限、そしてラブ注入をすればいいではありませんか。



結局、複雑な権利関係、私権を排除出来るからスピーディに仕事が進む。このような事業を民間がやるとなれば、気が遠くなるくらいの年月がかかる。都市計画、開発、宅造、埋め立て、農地があれば農地法、文化財でも出れば文化財保護等、各種許認可が必要となるうえに、当該地権者や近隣住民の同意書まで添付することとなるのでしょう。緊急事態であるので、国家が強権をもって実施すれば許認可なんか要らない。山を切土した土を、パイプラインで運び、低地を盛ればいい。確か水搬工法といったか、これなら大型ダンプが走り回ることはない。交代制で24時間稼働すればいい。勿論、政治家・官僚だけではなく、全国から専門家を集めるべきでしょうね。今こそ日本の底力を見せてあげようではありませんか。

高台の大型団地は余分に造成し、被災者以外には相場で売ればいいでしょう。数千戸の団地には大型店舗も赤ちょうちんのお店も必要ですからね。高台移転に二兆円かかる、なんて村井知事が言っているようだが、そんなにかかるものだろうか、どのような手法を考えているのでしょうかね。いずれにせよ公共工事削減で瀕死の状態にある土木建設業をはじめ、いろんな業界が活気づくことでしょう。



「この世界には実は私権などというものは存在しない。なぜならこの世界には公的なものが存在し得ないからである。」70年代にこのように言った人がいました。まあ、これは軍事占領以来、戦後の日本は公的な価値を米国の手にあずけて肥大化しつづけているということで、今、見渡す限り私権が溢れている。六本木ヒルズも着工までに、地権者の権利の確定等で6年間かかったという。念を入れているのか、もったいつけているのか、とにかく長く掛かって、その間資金的に持ちこたえられる人は今の世にそう多くはいない。公権でもってスピードアップするしかない。



さあ、明日からのお仕事、明るい日本の未来のためにがんばりましょう。

私はこんな人、好きです。

[ 2011/06/26 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

第五福竜丸(2-1)

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日本は人類史上、世界で最初と最後の原爆を落とされた国である。そして、原水爆実験による世界で最初の犠牲者も第五福竜丸の乗組員であった。昭和29年3月1日、アメリカが水爆実験を行なった地点から160キロ離れたビキニ環礁であった。

今ふと思い出したが、去年の8・6ヒロシマの高田純先生の講演の中で、中国人民解放軍が軍事演習で実際に核兵器を使った、ということをおっしゃっていた。敵方と言っても、同じ中国人兵なのであるが、多分、敵を殲滅したことでしょう。もとより人命軽視の国である、さもありなん。それがミニ原爆というようなものであったら、長崎を世界最後と言っていいものか、どうか。



第五福竜丸は立ち入り禁止区域から18マイル離れていたところで、マグロ延縄漁をしていたが、「あれはピカドンかもしれない」ということで、縄も置いたまま焼津港へ帰ってきた。日本政府は隠蔽していたが、安部光恭記者がスクープしたんですね。3月2日には原子炉築造の予算案を提出、可決しているのですから、発表は控えたかったでしょうね。民事利用、いわゆる平和利用であるが、この頃から動き出す。翌年には日米原子力協定が締結され、さらにその後、東海村に日本はじめての原子力の火が灯ることになる。

それから半世紀を経て、フクシマの原発事故である。相変わらずの隠蔽体質。なんでも想定外。現在進行形であるので、説明は要しない。原子力に携わる者は、部外者から杞憂だ、気狂いだと評されるくらい厳しいところで仕事をするべきではなかったか。第五福竜丸で教訓は得なかったのであろうか。五つの安全装置で大丈夫ですか、でも六つ目、七つ目の安全装置まであってもよかったんじゃありませんか。

そういえば、他人を小馬鹿にしたように口を尖らせて「想定内」と言っていた人がいたが、彼は今、懲役で塀の中にいらっしゃるようだ。想定内、想定外、いずれも、こんなことを口にする人は、私に言わせれば、変だし、傲慢、どこか病んでいないか。丁度、健全な精神は健全な肉体に宿る、の例えのとおり、健康的ではない。日本人として。



昭和29年当時は平和利用という言葉はなかったかもしれません。被爆国であるので、当然ながら、核軍縮の機運も更に高まった。(つづく)



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[ 2011/06/25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

第五福竜丸(2-2)

先の安部記者は14年後の昭和43年に、焼津を訪問し、そしてその取材記事は文藝春秋誌に掲載された。これを本年6月号に再掲された。私は実に面白かった、と言えば変ですが、興味深く読んだのでした。



「オレのような苦しみは、誰にも味わわせたくない。オレひとりでたくさんだ」

なくなった方はそう最後の言葉を奥さんに言った。遺族である奥さんが大会に出席すれば、「でしゃばり女」という声が耳に入った。原水協(共産党系)と原水禁(社会党系)など、平和団体の対立が奥さんを悩ませた。奥さん「3月1日のビキニデーには、毎年出席しています。ただし墓前祭だけで、そのあとのみなさんの集会には出ていないのですよ。(中略)出席してくださる焼津の人たちは、みんな政党関係者ばかりでしょう。なんだか市民のみなさんからは冷たい目でみられているようで辛いのです。平和運動が、政治思想を越えて、国民みんなの運動になってくれれば、この辛さもなくなるでしょうけど・・・」



また、ある乗組員「焼津では、平和運動に参加すると、とかく”アカ”と見られる。」「第五福竜丸の被爆を”ただの海難事故”だ、と割り切って考えている人が多い。この事件の大きな意味をとらえてくれないんです。私は原水協や原水禁の集会に、いちども出たことはない。政治の争いにまきこまれるのはマッピラだ。国民あげての平和運動なら、積極的に参加するつもりですがね。」「”平和”ということばが、その意味のとおりに、なごやかに使えるような時代が、一日も早く来ればいいのですがねェ」



これも爾来半世紀、たいして進化はしていない。頭に「人間というものは」と付けたいくらいである。あるいは「日本人として」とか。私は昭和40年代については、お話したいことがいっぱいあります。まーたうさぎの昔話が始まった・・・と言われそうですので、またの機会にします。ご遺族や乗組員の方のおっしゃる通りです。「オレひとりでたくさんだ」という一言を我らは重く受け止めたいですね。アカという言葉は最近はあまり聞くことはない。映画やTVドラマのセリフにもまずない。もしかして、放送禁止用語なのでしょうか。それとも今どき流行らない。しかしある地域ではアカ新聞、アカ教育、アカ議員、アカ市長、等々未だにいるようです。可哀そうに。





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[ 2011/06/25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

馬毛島と霊峰冠岳

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馬毛島訓練「政府の手法強引」西之表市長が批判

 米軍空母艦載機の陸上空母離着陸訓練(FCLP)の移転検討対象に馬毛島(西之表市)を明記した日米安全保障協議委員会(2プラス2)の共同文書が発表されたのを受け、西之表市の長野力市長は22日、市役所で会見し、「政府の強引なやり方に憤りを感じる」と厳しく批判した。

 長野市長は地元1市3町の協議会を代表して会見に臨んだと強調。「(国は)地元の意向を無視して進めないと言っていた。(熊毛1市3町の)地域一体となって反対してきたので明記はないと思っていた」と述べた。(6月23日付南日本新聞)



本日は種子島漁協の定期総会もあったそうだ。そこでも西之表市長は組合員に反対を訴えたそうだ。一部組合員から反対すべきだという意見が出たが、政府の説明を聞くまでは賛成も反対も決めないということであったという。馬毛島訓練施設で一番影響を受けるであろう漁民のみなさんの判断としては、今の時点では妥当なものであろう。

市長は国の説明はないというが、防衛副大臣が来島したのではなかったか。その時何の話をしたのでしょうか。1市3町の長のみなさんは、まず反対ありき、の姿勢のようである。説明がない、ということまでも反対の口実にしているのですから。説明を受けていないのに反対、ではいかにも「問答無用」ではないか。この人たちに、12キロ先の私有地について、なんの権限があるのでしょうか。馬毛島ではなくて、沖縄や長崎にでも作ればいい、とでも言うのでしょうか。

それでいていわゆるふるさと納税を呼びかけ、また、多くの観光客にも来ていただきたいようである。地域エゴ丸出しの、このような市や町に、どこの誰が寄付をし、お金を使って観光に来てくれるというのだろうか。まさか、この人たちはアカじゃないんでしょ。



夕方のローカルニュースであった。市内の目抜き通り天文館をデモ行進している人たちがいた。冠岳産業廃棄物最終処分場建設反対の方々であった。横断幕には「霊山を汚すな」でしたか、「穢すな」でしたか、誠におっしゃるとおりであります。用地取得費数千万円、補償費5億円ということらしいが、普通の日本人ならこんなのに納得は出来ない。必要な施設であるので、どこかに造らなければならないのであるが、鹿児島は山ばかりというのに、よりによってここだけには造ってはならないというような場所である。ここです。http://www.chingokuji.org/sanpai/index.html

本来ならば、採石場もここに許可すべきではなかったのではないか。なんとも、恐れ多い。



ということで、私は馬毛島賛成、冠岳産廃反対という立場であり、日本人としてごく当たり前だと思うけど。
[ 2011/06/24 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ヒロシマの平和を疑う!その4

世の中には賛成の人もいれば反対の人もいる。多数派も少数派もいる。左もいれば右もいる。いろんな人たちがいるのであるが、どちらの側の主張も聞いてみようではないか。聞いてみるべきではないか。その3の続きであるが、松井広島市長の発言は被爆者団体から非難を浴び、また、それはほとんどの全国紙で報じられた。松井市長を非難した人たちを仮に便宜上「あちら」の人、市長の発言に理解を示した人たちを一応「こちら」の人と呼ぶことにする。

その後、広島の松五郎さんより、こちらの方の会で、公開意見書をあちらの方へ送られた、ということをご紹介いただきました。これは幾人かの高邁なるプロガー諸氏は取り上げられているのであるが、ほとんどの新聞には掲載されていないようだ。以下、「平和と安全を求める被爆者たちの会」ホームページより。http://www.realpas.com/



多くの広島市民の暮らしを守る行政の責任者として、極めて勇気ある適切な発言と思い、心から敬意を表する次第です。

被爆者ならびにその家族、関係者の受けた苦しみ、悲しみの大きさは量り知れませんが、だからといって、その人たちは無尽蔵に補償や援護を受けることができる筈はありません。被害に遭ったが故の様々な手当は受け取りながら、自分たちもまた広島市民、あるいは県民として、さらには他の様々な戦争の惨禍を受けた国民とともに我が国の発展のために働く気持ちは失ってはならないと思います。

新聞記事では、「国家補償を求めているのであり援護は施しでない」と書かれてありました。確かに援護は施しではありませんが、国家補償はどこから来るのでしょうか? 誰が国家を支え、補償の基となる財源を生み出すのでしょう? 被爆者は、原爆の被害者であるとともに広島の発展を担う市民でもあります。援護は、被爆者がより良く生きるために必要なものです。市長の発言は、そのために少しでも良い暮らし、誇り高い生き方ができているという点にも目を向けようという意味と受け取ります。

 広島では、今回の記事に見られる市長発言にも見られるように、「平和」と「被爆者」を相対的に捉えようとするだけでも激しく反発され、それ以上の議論と思考を停止せざるを得ない雰囲気が長く続いてきたと思います。

 市長におかれましては、今回の一部の被爆関係団体の関係者や、その他にも寄せられるであろう反対意見に屈されることなく、今後もどうぞ客観的で多角的な発言が自由になされるように、市政の舵取りをよろしくお願いいたします。 (引用終わり)



私の立場は説明するまでもなくこちらの側である。去年の8・6、リーガロイヤルホテルでこちらの会の宣言文をお聞きして、いたく感動したからであります。あちらの主張はこれまでに嫌というほど聞かされてきたではありませんか。

自由、平等、民主主義、人民のための政府、多数決の原理、男女同権、子供を戦場に送らない、軍部の独走、残虐非道な日本軍、暗い時代を象徴する君が代・日の丸、大本営発表、天皇陛下万歳、いろいろあるが、彼らの反対することは私にとってはすべて正しい、と言って過言ではない。



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[ 2011/06/23 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

原発シニア隊

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正式には「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」(http://bouhatsusoshi.jp/)という。私はTVでチラと見ただけであるが、実に素晴らしいことだと思う。参加者の方々の発言にも頷けるものであった。

福島原発を作った方は、自分で作ったものを自分で収束させたい、これがエンジニアシップだとおっしゃった。ある人は、年金を国家からいただいている身であるので、国民のお役に立ちたいと言った。長崎で被爆した女性もおられました。



海外メディアにもかつての特攻隊のイメージで報じられたという。私が考えるには、今回は生還を目的としているのだから、任務として死んだ特攻とは根本的に違うのだろうと思う。しかし、志願の動機、そして未来の日本(人)のため、という点では共通している。これも、放射線の影響をどのように捉えているかで評価も異なるのかもしれない。放射線は遺伝子を傷つけるものであるので、二代、三代後に災いを残したくないから、原発の作業現場は若いものではなく、シニアでやるべきだということだ。放射能でまだ死んだひとはいない、放射線は自然界にも存在するものだ、などと楽観的なことを発言している人には、このシニア隊はどのように受け取られていることだろうか、私には分からない。



東電の下請け業者の社長は、これから暑くなり、シニアでは暑さと湿度に耐えられない、と言っていた。彼らは仕事を独占的にやりたいでしょうからそのように言うでしょうが、今の60代、70代は元気ですよ。幕末の頃、その頃は人生50年の時代です。戊辰戦争で会津の白虎隊や二本松の少年隊が知られているのであるが、当時隠居していた者等50歳以上で結成した”老人隊”もいたんですね。彼らは官軍憎しもあったでしょうが、何といっても「我が社稷を守る」ためであった。



(話が逸れるが、私は予備自衛官補になろうとしたら、年齢オーバーしていた。これもシニア隊を結成していただきたいくらいだ。これを民間のプロジェクトとしてやるならば、自衛官という呼称にこだわることはない。シニア国防特別行動(攻撃)隊とでもネーミングすればいい。)



今の60代、70代は、青春時代に70年、60年の安保闘争を経験している。日米安保条約も60年にもなるが、その改訂期に大きな反対運動が盛り上がったのはこの2回だけである。勿論、東西冷戦の世界の状況もあったでしょう。自民党政権は当然としても、社会党の首相も、民主党政権も日米安保堅持の姿勢である。安保反対だからといって、単に反日・左翼とも決めつけられないのではないか、と最近思う。暴力という面では左翼でしょうが。若い頃にこの二期に遭遇した人々は、国家や社会の変革を熱く夢見た人たちではなかったか。今回の国家危難の折、シニア隊に志願した人々の清く、美しい志を思うとき、そのように思えてくるのである。彼らは決して間違ってはいない。
[ 2011/06/21 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

スチューデントジャズ

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僕はこの演奏を聴いたとき、ジャズのビッグバンドの生演奏の迫力に圧倒された。そして、演奏しているのが小学生だと聞いて、僕はインド人ではないが、二度ビックリしたのだった。おデコの明るい人が大西隆先生です。鹿児島は離島が多く、教職員の移動も激しい。大西先生は赴任先の学校で子供たちのジャズバンドを指導してこられた、偉い方なんですね、もう30年にもなります。退職された今は、NPO法人リトルチェリーズを作り、県内の小学生を集め、東北震災のためのチャリティコンサートを各地で開催されている。素晴らしい。



僕はこのバンドと何の繋がりもありませんが、みなさま、応援してあげてください、ね。

http://www1.bbiq.jp/cherries/index.html ←リトルチェリーズはここ。
[ 2011/06/19 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ヒロシマの平和を疑う!その3

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広島市長「感謝の気持ち忘れている人おる」 被爆者援護巡り発言

2011.6.17 21:13

広島市の松井一実市長が被爆者と面会した際、被爆者援護策に関し「権利要求みたいに『くれ、くれ、くれ』じゃなくて、感謝の気持ちを忘れんようにしてほしいが、忘れている人がちょっとおる」などと発言したことが17日、わかった。原爆が投下された8月6日の平和記念式典を前に、被爆者団体などに反発が広がる一方、「勇気ある発言」と支持する声も上がった。

 市などによると、松井市長は16日に被爆体験記を執筆した被爆者の男性と市役所で面会。男性が「爆心地から4キロ離れたところで『被爆者』というのは後ろめたいものがあった」と語ったのに対し、「一番ひどいのは原爆で死んだ人。残った人は死んだ人に比べたら助かっとる、ということをまず言わんのですね」などと応えたという。

 発言について、広島県「黒い雨」原爆被害者団体連絡協議会の高野正明会長(73)は「国の専門家会議が援護区域見直しを進めている中で水を差す発言」と抗議した。これに対し、松井市長は17日夜、被爆者団体との懇談会で「(発言が)間違いだと言われるのは納得がいかない」と話しながらも、「被爆者援護が国民の『分かち合い』で成り立っていることへの感謝を忘れてはならない、との趣旨で話した。誤解を与えたことにはおわびしたい」と釈明。被爆者援護策の拡大を求める市の姿勢に変わりはない、と理解を求めた。

 松井市長は被爆2世。厚生労働官僚を経て4月の市長選で初当選した。

 「平和と安全を求める被爆者たちの会」会長で被爆2世の医師、秀道広さん(53)は「多くの人々の支えに感謝するのは当然。広島は『平和』の名の下で自由に発言できない雰囲気があり、勇気を持った発言と思う」と評価した。(引用:産経新聞)



中国地方のブロック紙である中国新聞をはじめ、多くの新聞は松井知事悪玉論を展開しているように、少なくとも私には思える。この記事には要点は三つほどある。産経新聞の他誌との相違点と言ってもいいかもしれない。

1、「勇気ある発言」と支持する声も上がった、として松井発言に理解を示す人々もいるということを知らしめてくれた。

2、爆心地から4キロ離れたところで「被爆者」は後ろめたいものがあった、という被爆者の話を受けて、その会話の流れのなかでの、被爆二世である知事の発言であったということだ。

3、1と同様なことであるが、ごく最近(去年)出来た、「平和と安全を求める被爆者たちの会」や会長さんのご意見を報じてくれた。



以上の箇条書きで、私の言いたいことは推し量っていただけると思う。広島の平和は異常な面が多かった。かつては左翼の主導権争いであったり、また、「反戦・平和」の声の大きさでいくつかのタブーを作ってきたのではなかったか。戦後の占領と洗脳の呪縛、戦後民主主義教育の弊害、いろいろありましょうが。



せっかくの週末、長文を読まされてきた皆様へのプレゼント。本記事とは関係はありませんが、我が友の力作をご覧になってみてください。





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[ 2011/06/18 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

分列行進曲

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毎回、冗長な駄文には飽きてしまいますね。たまには趣向を変えましょう。

昨日のデモの件ですが、赤旗デモはニュースになりやすいようですね。そして、参加者数は主催者と警察の発表では大きく相違するのが常である。今年は初詣の参拝者数が結構いい加減なものであることが明らかになった。私などは参拝者が多ければそこを敬遠してしまう。新年早々、人混みに揉まれたり、行列に並びたくはない。ところが、一般の参拝者は賑わっているところに行きたがるのでしょうし、神社側も人の多いところに人は来てくれると考えているのでしょう。



デモの場合は、参加者が多いほど世の中にアピールできると主催者は考えているのでしょう。確かにその一面もるかもしれませんが、日の丸と整然とした行進も人に訴えると思う。私は「覚醒させる」という言葉は好きではないが、人々を刮目させることができるでしょう。眠っている人は覚醒でしょうが、日本人は眠っている人はいない、と私は思う。だから、いつか目覚める、ではなく、また、日はいつか昇るのではなく、毎日、赫々たる日は昇っているのです。

分裂行進曲で↓この光景を思い浮かべる人もいるかもしれません。私はと言えば、学徒諸君に敬礼、そして涙。



[ 2011/06/16 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ヒロシマの平和を疑う!その2

                              人気ブログランキングへ

                                      今日はこの印を思いっきりクリックお願いします。



 



広島の友人から送っていただいたものであるが、この画像の右上をよくご覧ください。なんとNO.00007である。嬉しいことにラッキーナンバーではありませんか。お気遣いありがとうございました。

縁起を担ぐような人に悪い人はいない。私の体験上、そのような人はすごくいい人だ。毎朝、神棚に拝む社長さん、験をかつぐ先生、切り火をする女将さん、暦にこだわる旦那さん、このような人は支払いが滞ることもなければ、値切ることもしない。お金の支払いがまず間違いない。あくまでも私個人の体験上。



さて、去年の8・6であるが。会場のリーガロイヤルホテルの周りを、赤旗を掲げたデモ隊が囲んでいた。田母神帰れ!などと叫んでいました。これに対抗して、我々も日の丸デモをやるべきではないか、と思った。その気持ちは今はもっと強くなった。大きな日の丸を先頭に、ブラスバンド、そのあとに参加者が整然とデモ、というよりも行進する。演奏する曲は「分列行進・抜刀隊」がいいだろう。すると、市民と呼ばれる人の中には、極右だの軍国主義だのと言う人がいる。行進曲、軍歌、戦時歌謡、それらのどこがいけないのでしょう。タブーにしてはいけない。

タブーとは熱帯地域の原住民の原始宗教が語源となっているという。いわゆるタブー視というものには、一種の宗教性まで帯びているかのようだ。宗教もいろいろあるでしょうが、邪宗、カルトの類でしょうね。戦後社会に蔓延るビョーキです。核武装論の議論をすることすら許されないのでしょうか。歌うこと、語ることもできない世の中は暗黒の時代ではありませんか。



私めは元来寡黙な男であるが、広島の同士のみなさんの前での、私の唯一の発言は以下のとおりであった。

天皇陛下ならびに皇后陛下万歳、万歳、万歳!

日の丸デモ隊の解散はこれで〆るべきだ。



[ 2011/06/15 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

AKB48

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「エイ・ケー・ビーよんじゅうはち」と言った人がいたらしいが、今の日本でAKB48を知らない人はいないでしょう。先程の総選挙にしろ、コンサートにせよ会場内は熱狂に包まれる。私はTVやYouTubeでしか見たことはないが、会場の臨場感溢れる興奮が伝わってくるようだ。わずかの間に多くのヒット曲、この女の子たちは実に素晴らしいのであるが、会場の男の子たちには私は不満である。

たとえば、殴る人がいれば殴られる人がいる。教える人と教えられる人、歌ったり踊ったりする人とそれを鑑賞する人、熱狂させる人とさせられる人、いろんな構図があるが、男の子たちはさせられているのではないか。子供の頃から、ミニ四駆のような電池で動くオモチャや、ファミコンやTVゲームで育った世代であろう。私に言わせれば、遊ぶというよりも遊ばされてきたのではなかったか。自分たちで熱狂を作り出そうと何故しないのだろうか、と私は思う。



「まーた昔の話か」と言って辟易されるかもしれないですね。私らの子供時代にはTVはなかったが、本はたくさん読んだ。そして遊びも、電動もあったが、キットにマブチモーターが付いていて、ほとんど自分で組み立てるものだった。罠を仕掛けて鳥も捕った。畑のスイカもいただいた。遊び道具のパチンコは、勿論、各人の手作りであった。

大学へ行けば、学園紛争の真っただ中、活動家のアジ演説で、「主体性」という言葉をやたら使ってた奴がいた。休講なのをこれ幸いに、ナンパに励む奴、雀荘に通う奴、音楽や演劇等芸術関係にのめり込む奴、すべて彼らの主体性ではなかったか。グループサウンズ、フォークソングのブームを起こしたのも彼らであった。ブームと言えば、大学以前に受験戦争、受験地獄というのもあった。そもそも、彼らが生まれたことそのものがベビーブームと呼ばれた。この人たちも後は高齢化社会のサンプルとなり、一大葬儀ブームを起こして消え去るのみである。

それでも「会いたかった、会いたかった」のリズムで、「楽しかった、楽しかった」と口ずさんで昔を懐古してしまいます。



今は漫画やアニメがあるではないかと仰るでしょう。でもこれらを作ってきたのは大人たちでしょう。私はAGE20前後の人たちに何か起こしていただきたい。古き良き終身雇用、年功序列の安心できる社会にせよ、なんてスローガンがあってもいい。会社は地域・社会に貢献すべきものであり、会社で働く人たちの幸せのためにある、とか。せめて結婚できて子供を作れる社会にしろ、というのもいいかもしれない。

唐突ですが、でなければ秋元 康さんに日本の総理大臣になっていただくしかない。候補者たちがTVで紹介されるけれど、適任者は見当たらない。候補者はいずれも私には役所の課長か出先の所長さんにしか見えない。今朝のTV番組の中で、誰だったか、「ザッケロー二さんに日本国籍を取ってもらい、日本の総理大臣になっていただきたい」と発言していた人がいた。私も可能ならそれでもいい。ザックジャパンになってから、引き分けはあったけど、オールジャパンはまだ無敗ですからね。



えーと、以下に該当する方の中から抽選で握手会、総選挙のチケットを差し上げます。

選挙に行った者。震災・原発事故に関する支援活動をした者。就職が決まった者。結婚した者。子供を作った者。自衛隊に体験入隊して訓練を積んだ者。正社員を採用した経営者。多額の納税者。各種年金加入、滞納のない者。経済苦による自殺を思い止まった者。その他お国によく奉公したと認められる者。ただし、国旗・国歌に対するルール、マナー違反者は除く。



これを秋元 康さんにすぐ実現していただくことです。(笑)



[ 2011/06/13 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)