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なんだコリャ、コリャ、コリア!

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日本の大地震をお祝います



とんでもない輩がいたものだ。すでにご存じのように、セレッソ大阪がアウエーの韓国・全北現代戦で、韓国人サポーターがこのような横断幕を掲げた。なんだか日本語が変ですねえ。「お祝いします」とすべきではないか、というよりもまず、「祝い」を「呪い」か「恨み」とでもすればまだ韓国らしくてよかったのに。



サッカーの試合にはフーリガンと呼ばれる、熱狂的、或いは暴動目的の人たちがいる。プロ野球やプロレスでも酷いヤジが飛ぶ。しかし、人間として絶対に言ってはいけないことがある。この私だって、冒頭からバカだのアホだのチョンだのと、怒鳴り散らしたい気持ちを抑えて、ネット上での禁句を使わないようにしているではないか。あれ?使ってしまいましたね。最近でも、ヨーロッパで「カワシマ(川島)フクシマ」と連呼したチームに謝罪と罰金の制裁が科されたばかりであった。



この行為は韓国国内でも非難されているという。そして防犯カメラなどから、「犯人」を特定して、こいつをサッカー場への入場禁止の他、可能なら刑罰を適用するらしい。しかしながら、「日本だって応援席で旭日旗を掲げるではないか、あれは軍国主義、侵略の象徴で、被害国の国民の感情を害するものニダー」という意見もあった。これに対する返答で、前の試合では旭日旗はなかった、などと日本人が弁明することに私は強い怒りを覚える。旭日旗のどこが悪いか。

韓国人の認識としては、ナチスドイツのハーケンクロイツと同じイメージなんでしょう。ドイツは近隣諸国に謝罪したのに日本はけしからん、という理屈でしょうよ。我らからすれば、このような幼児性というのは、嫌韓というよりも笑韓、笑えるのである。



彼らは私に言わしむるに、駄々をこねてる三つ子と同じである。震災の時も真っ先に救助隊を送り、義捐金を集めた。なのに竹島は日本領土と教科書に載せた、義捐金を日本には送らない。まともなオツムなら、とてもこんな論理は成り立たないだろうに。あ、ここに韓国人を説明しやすい記事がありました。



険しい表情になり始めた許監督に今度は別の記者が油を注いだ。 「中国の国歌が流れている間、韓国の選手はなぜ動いていたのか」と質問した。 試合と関係のない質問が続くと、許監督は怒りを爆発させ、「なぜそんなことを聞くのか。 話にもならないことを」と言って会見場を出て行った。 会見場にいた中国記者と観衆は許監督にブーイングを浴びせ、「Go back home」と叫んだ。(中央日報9月26日「男子バスケット、無礼な中国記者に韓国監督が怒り爆発」)



対日本戦だけかと思ってましたが、いやはや、国際試合で対戦国の国歌が流れているときに動く選手は、世界中どこを探しても韓国人選手だけではあるまいか。そして、それを問われて「試合と関係ない質問」と書く韓国紙の記者の知性と無神経、愚民迎合の編集姿勢、誠に恐れ入ります。「話にもならないことを」なんて嘯いている監督の横柄な態度が目に浮かぶようです。

さらに、わずか数か月前の高速鉄道の事故原因もはっきりわからないような国の国民にブーイングを浴びせられたというのですから、私としては笑いをこらえるのに必死ですよ、もう。







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[ 2011/09/29 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

落とし穴に要注意!

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忘れ去られようとしているけど、この夏、海岸に掘った落とし穴に落ちたご夫婦が亡くなった、というニュースがあった。実はつい最近、私のごく身近な友人が落とし穴に落ちて大怪我をした。



都会育ちの方にお分かりいただけますかな、これからの時期、山にアケビを採ったり、山芋を掘りにゆく。私は子供時代の一時期、田舎に住んでいたことがあり、子供同士で遊びとしてこれらを経験した。アケビを食べに小動物が集まり、それらを狙って蛇がやってくる。アケビを採るときにはマムシに気をつけろ、ということを自然に学んだ。また、冬眠前の秋マムシは非常に危険だと言います。

山芋はどう説明したらいいでしょうかね。スーパーの野菜売り場では「長芋」として並んでいる。これは畑で作ったもので、擂りおろしてとろろにした時に液状ですね。水っぽい。ところが天然の山芋は味、風味もいいが、擂った時につきたての餅のようである。食感はキッチン、キッチンしてますね。いいですか、これを言葉通りに受け取っても、所詮、台所の流し台は食べられませんので、そのような音で歯ごたえを想像していただきたい。



山芋の葉も紅葉して、落葉してしまえば、どこにあるのか分からなくなってしまう。何か目印になるものを根本に挿しておいて、芋が大きくなったころ掘り出せばいいですね。それで、私は見たことはないが、聞くところによれば、芋掘り名人は蔓の根元に一粒の麦を置いておくのだそうです。周囲が全部枯れたころ、青い麦の芽を目印に掘るということでしょう。法面の肩あたりに山芋の蔓があれば、横から土を崩してゆけば簡単なようですが、そのような楽勝ペースはごく稀で、あればそれはラッキーというものでしょう。

普通、山芋掘りといえば、1メートルないし1.5メートルは垂直に掘ってゆくこととなる。



え~、前置きが長くなったが、私の友人はいつ誰が掘ったか分からない、この芋掘り後の穴に片脚落ちてしまったのである。

掘った後は埋戻しをするのが常識というものでしょう。ゴルフでもバンカーで砂を元通りに均す、茶事においても元在ったところへ物は置く、至極当たり前のことでしょうに。埋めた後さらに、茎に近い芋の細い部分は食べるわけではないのだから、そこに埋めておけばまた来年は立派な山芋に生長することでしょう。ムカゴと呼ばれる実も埋めておけば芽が出るでしょう。このようなことは私は子供のころから知っていた。後のことも考えずに、山から芋だけ持ち帰ったなんて、実に腹立たしい限りである。



ここで話は終わって、あとは各人いろんな個別の事例を類推していただければいいのです。世の中にこれに似た怒りを感じたことはなかったか。

善良な管理者の注意義務、これを善管義務という。また、信義に従い誠実に行うことを信義則という。これらは法律用語というよりも、古来、我らの身につけていたよき慣習であった。であるのに、埋戻しのできない輩のなんと多いこと。



韓国は明日にでもデフォルトするとか、中国も上海万博後にバブルがはじけて経済破綻すると言われた。私はこれらが楽しみで、楽しみで、それはもう何年も心待ちした。そうはならなかったとき、私の期待が大きかっただけに、言い出しっぺの人たちに何らかの説明がほしかった。あの人たちはどこへ行ってしまったのでしょうか。

小沢三秘書有罪だ、と騒いでいますが、本人たちは控訴する、と言っているんですから、まだ有罪が確定したわけではない。小沢一郎だって、検察が何度も立件できなかったものを、検察審査会の何でしたかね、起訴相当ということでしたか、まあ、有罪だあ、と今騒ぐようなことではない。私は小沢さんを擁護するつもりは毛頭ないが、穴を掘りっぱなしにするような人たちを信じることはできない。



さて、↓この曲をおさらいしておきましょう。





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[ 2011/09/28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

東京オリンピック

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私の最近の記事は懐古趣味的であり、テーマを時事にしようとは思うのであるが、やっぱりこの三連休も私は追憶の日々であった。しかしながら、いくら追憶の糸を手繰り寄せてみても、記憶は曖昧で極めて断片的なものでしかない。

昭和39年10月10日、東京オリンピックの開会式であった。私は受験勉強にも身が入らず、さりとてオリンピックに”熱狂”もしなかった。街には三波春夫「東京五輪音頭」が流れていた。三波先生のあの名文句「お客様は神様です」はこの頃流行った。違いましたか?私も自信がありませんが。

ちなみに私はその後の大阪万博にも全く無関心でした。記憶にあるのは、長嶋茂雄さんが万博コンパニオンの亜希子さんとご結婚されたことくらいでしょうか。そうそう、その後10月10日を体育の日と定められたのでした。



聖火の炎の色や煙の出具合を研究しているという人の新聞記事もあった。開会式当日大雨が降ったら、私たちの運動会のように「雨天順延」はできないはずだ、と思ったものだが、その日は統計的に晴天の多い日だということを聞いた。開会式・閉会式はTVで観た。どちらも涙が出るくらい感動した。開会式の古関裕而さん作曲の入場行進曲、あれはよかったですね。古関さんは「暁に祈る」や甲子園でお馴染みの「栄冠は君に輝く」他名曲が多い。福島市のご出身、そして仙台市ともご縁のあるお方でしたが、ご存命なら、東北を励ます素晴らしい曲をお創りになられたでしょう。



オリンピック終了後、市川昆監督のオリンピック記録映画を観た。確かこの映画は国費で作られたものと記憶している。スポーツの記録映画であるのに、オープニングシーンは建物の解体現場が映し出された。スクラップ・アンド・ビルド、戦後の焼け野原から20年、見事復興した日本の姿をイメージした。事実、経済的には一流国の仲間入りが出来たのではなかったか。



昭和43・4年頃でしょうか、私の周りに「佐藤訪米反対」「粉砕」なんて書いたプラカードを持っていた人たちがいたのは。銀座の選挙事務所で石原慎太郎現都知事を見ましたので、彼が最初の国政選挙に出馬した年です。当時の佐藤栄作首相は自ら「栄ちゃんと呼ばれたい」というくらい国民に人気はなかったけど、沖縄返還を成し遂げた。(経済発展しても)「沖縄返還なくして日本の戦後は終わらない」。私は今考えても「いいこと言うなあ」と思う。



実は「・・・しなければ戦後は終わらない」という構文、あるいはその思考法というのは今でも必要なことだと思う。私としては第一に自主憲法制定ですね。憲法問題になれば、各人各様、総論・各論、異説・異論おありでしょうから、ここでは記述は避けたい。ただ私は、天皇陛下、陸海空軍だけは譲れません。

やっぱり断片的でした。







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[ 2011/09/26 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

あゝモンテンルパの夜は更けて(補足)





こんな綺麗な曲を聴きながら、すんなり読める美しい文章を書きたいものですが、如何せん不肖うさぎ屋、そうはイカのキ○タマです。・・・それがなきゃいい人なのに♪



「あゝモンテンルパの夜は更けて」というタイトルで何年か前にも書いたことがあります。前回アップした動画は、多分TV番組ではないでしょうかね。私はその番組は観てはいませんので、内容もどのような意図で制作されたのかも全くわかりません。が、よもや残虐非道な日本兵という印象操作の番組ではありますまいな。ちょっと気になってしまいました。

連合国は戦争裁判という復讐劇により、多くの日本兵を処罰したんですね。捕虜収容所の看守をしていた兵や軍属も裁かれた。日本軍にも食料はないのに、捕虜にごぼうを出せば木の根を食わした、削ったカツヲオ節を出せば木屑を食わした、ということで捕虜虐待の罪に問われた。軍事法廷であったので、上告(控訴)も認められなかった。また、苦しむ敵兵を見かねて、武士の情けで介錯をした若き士官もいたという。戦後7年経っても、シベリアにもたくさんの日本兵が労働力として抑留されていたが、巣鴨やモンテンルパにも戦勝国の言うところの”戦犯”が収容されていた。そのような人たちが創った歌が「あゝモンテンルパ」だったんですね。作詞・代田銀太郎少尉、作曲・伊藤正康大尉。渡辺はま子さんがビクターレコードで吹きこんで、収容所にレコードと蓄音機を贈った。



渡辺さんが昭和27年12月25日に慰問に訪れた時の様子が、全員で「あゝモンテンルパ」を合唱していた前日の動画なんですね。他に「荒城の月」「蘇州夜曲」も歌われた。そして最後に、フィリピンの政治家デュラン氏が「私が責任を持ちますから、国歌を歌ってお別れしなさい」と言ってくれた。全員姿勢を正し、祖国に向かって歌い始めたが、歌にはならず、所内は激しい感動の涙に包まれた。



我が叔父も終戦間際、20代半ばでフィリピンで戦死ということであるが、敵の銃弾に斃れたのか、病死なのか、住民に捕えられて殺害されたのか、それすらわからない。はっきりしていることは、二度と祖国日本の土を踏むことはなかった。だから94歳のわが父は護国神社参拝を欠かさない。子や孫が東京へ行くとなれば、「靖国に参拝してきてくれ」と必ず頼んでいる。

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[ 2011/09/23 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

TVが危ない!

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昔はTVも夜の12時ごろには終了していた。NHKだったら、はためく日の丸が写し出され、君が代が流れた。そして「本日の放送は終了しました」というアナウンスとともに画面はテストパターンに変わった。

二十五・六年くらい前からでしょうか、ちょうど三原山の噴火の様子はオールナイト、リアルタイムで迫りくる溶岩流をTVで観た。私はフィリピンのマルコス政権が倒れる時も、一晩中マラカニアン宮殿を囲んだ民衆の映像を観たのだった。なぜこういうことを思い出したかといえば、その後に起きたソ連や東欧諸国の政変にしても、新勢力は必ず放送局を占拠しにかかったからである。これらは短期決戦であったのだが、実は我が国では長期的戦略でもって、放送局を抑えようとする勢力が居たのではないか。NHKはもとより、今回のフジテレビの騒動をみれば、そのように思わざるを得ない。計画が六割がた進捗したところで、国民が気づいた。そしてそこには電通や花王までもが関係していたということでしょう。



私自身取材している訳でも、特別な情報網でも持っている訳ではない。しかし、ごく普通に考えれば、こういうことではないだろうか。

私があくまでも”長期的に”と言ったにせよ、ちょっとオーバーかもしれないが、国家を転覆せしめようとする勢力が居たわけですね。本来ならば犯人どもを一網打尽に逮捕すべき事件である。ところがわが国では一時、スパイ防止法の必要性を叫ばれることもあったが、残念ながらポシャってしまった。またまた極論とのそしりをうけるかもしれないが、国防に関することであるので自衛隊に諜報部隊も創るべきですね。諜報・捜査・逮捕・武器使用等の権限を持った組織は絶対に必要だ。このような組織があれば、北朝鮮による拉致事件は起こらなかったでしょう。だって、陸軍中野学校、憲兵、特高警察、大本営参謀・・・戦前の日本だったら特亜に放送局を牛耳られるなんてことは考えられない。



平成の御世になって、長引く不況下、デフレに円高、ウオン安である。局も番組を韓国から仕入れて、安く上げたかったのではないか。大手旅行代理店が航空機の席やホテル・旅館の部屋をキープしているのと似て、電通は国家の許可制である電波の相当な時間枠を持っていることでしょう。両社は同じ穴のムジナと言っていい。

スポンサーである花王は、近年の日本企業を象徴しているのだと思う。昔は広告宣伝費、研究開発費、人件費、社員の福利厚生費、減価焼却となる設備投資、これらに多額の資金を費やしてきた。言い方は悪いが、その方が法人税を納めるよりも良かった。そして何よりも、企業はそこで働く人たちのものであり、地域や社会に貢献するものであった。会社は企業イメージというものを大事にした。そうでない企業は自然と消えていった。

いつのころからか、会社は株主のためのものだ、と公然と言われるようになった。広告宣伝費も潤沢には使えない。となると、安い三流ドラマをもってきて、それを韓流ブームとして煽れば、費用対効果はあがるでしょう。いくらコストダウンと言っても、昔は人件費までは手をつけなかった。社員にボーナスを出せなかったということになれば、「あそこは危ない」会社として見られ、顧客は離れてゆくものだった。こうしてみれば、日本社会の形状が歪んだものであるのかもしれない。

この二通りが考えられる。



↓眠れぬ夜は、これをぜひご覧になってみてください。



[ 2011/09/22 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

国語に関する世論調査

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文化庁では平成22年度の「国語に関する世論調査」の結果を発表した。新聞によると「文法上では誤りの『ら抜き』言葉の使用は増加傾向、国民の国語に対する関心は高いが、慣用句を誤って理解しているケースも多く、関心が理解とつながっていない。」主に「ら抜き」についてであろうが、「文化庁は『(国民は)言葉は変化するものと認識しているのではないか』としている。」



私は過去にも何回か「ら」抜きや、外国語と日本語の違いなどについて書いた。その時も書いたと思うが、結論から言えば、みんなが使う言葉が正しい日本語である。みんなが使えば正しい日本語になってしまう。当然、言葉は時代とともに変化してきた。特に簡略化・単純化、明晰化されてきたのではなかったか。たとえば、本来「てしまった」と言うべきを、東京ではこの100年の間に、「ちまった」になり「ちゃった」になってしまったという。



「見られる」という受け身、「ら」を抜けば可能としての「見れる」になる。もともと古語では「る」「らる」には自発・受け身、尊敬、可能といった用法があって、意味が紛らわしかった。自発の用法は「当選確実と見られる」のような時しか使われなくなった。「見られる」はそれでも、可能・受け身・尊敬、いろんな意味にとられる。「見れる」つまり「ら抜き」言葉で可能の言い方が分離され、「れる」「られる」は受け身と尊敬だけの役割になり、わかりやすいものとなる。

日本語の場合には、文法にはあまりこだわるべきではないと思う。前にも書いたが、西洋語は自我の表現の歴史であり、日本語は敬語の歴史であると言うんですね。我らのご先祖は対話者のことを絶えず気遣ってきたのだそうです。昔は敬語は三段階(尊敬・謙譲・丁寧)だったものが、最近(2006年政府の敬語小委員会の指針案)では五段階(先の3プラス丁重、美化)へと増えた。



文法や用法に杓子定規にこだわって、正しい日本語のつもりでも、とんでもないことになってしまうこともある。覚えておいででしょうか、横綱朝青龍が引退の契機になった事件がありました。天下の横綱が一般人を殴ったんでした。若い男は横綱に「がんばってください」と正しい日本語で言ったんですが、横綱としてはこれが気に入らない。お前みたいなやつに言われたくないわい、という心境になったことでしょう。もっとわかりやすい事例を挙げれば、若いモンが「横綱、千秋楽の取り口は大変上手でございました」などと正しい敬語を使ったとしたら、これほど失礼なことはない。これまた、「お前、この俺をおちょくってんのか!」と朝ドルジはキレますわな。この一件で明らかなように、文法よりももっと大事なものがあるということですな。



最初にもどるが、私は文化庁と考えを異にする。言葉は変化するものという認識でいい、と私は思う。



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[ 2011/09/21 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

うさぎの休日

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霧島神宮。最近は所要で霧島市に行くことが多い。数日前に撮影。





霧島神宮駅。ほとんどマイカーであるので、この駅は初めて見た。





平日であったので、どこも閑散としていた。一人で食事するには、客のいない店に飛び込みたくない。なぜでしょうね。行列に並びたくはないが、見知らぬ土地では程よく賑わっているお店に入りたい。いつぞやの道の駅霧島に寄ってしまった。ここには以前、日○会の皆さんと一緒に行ったことがあります。連休の時で、注文してから1時間半待たされ、その時は「もう二度と来ることはない」と固く決意したのでしたが・・・。普通は麺類なら10分前後でしょうに、さすがに私も○ちーさんもキレましたよ。

○さんが食べたのが、黒豚とんこつラーメンでしたが、彼女が美味しそうに食べていたのを思い出したからでしょうか、私の行動もそれしか原因は考えられません。

おにぎり二個、温泉卵、サラダ、写真にはないがもずく、ウーロン茶が付いて950円。卵をラーメンに載せようかと思ったが、だし汁に浸してあったので、そのまま啜った。ラーメンは一見、博多ラーメン風のこってりのようであるが、実際は脂っぽくなくて、あっさりしていた。スーッとお腹に入ってゆく感じで、素材の豚がいいのでしょうね。麺は太麺のストレート。一応、完食でした。私の個人的このみからすれば、ネギはわけぎ、もやしの量をもっと多くしてもらいたい。それと、これも全く個人的なことであるが、海苔は要らない。というのは、昔、「のり一ラーメン」という超激安ラーメン店があり、そこのラーメンに海苔が乗っていました。若かりし頃の私は嫌というほど食べたのでした。激安のイメージがついてまわるのです。



先日から世間では連休モードに入ったのでしょう。仕事の電話もなければ、人と会うこともない。これはなんとも気楽でいいことだ。ふと今思ったが、この二日間というもの、私はいくらも会話というものを交わしていない。今朝は二度寝をして起きたのが10時半だったので、「パンは半分でいいよ」。

「晩飯には味噌汁は里芋にしてくれ。」実際に出てきたのはカボチャの味噌汁だったので「里芋ちゅうただろうが」といえば、今から作りますという。「二種類も要らんけど、お前が悔いることになるんだぞ、俺が今晩ポックリ死んだら、あー、里芋くらい食べさせてあげればよかった、て」。

あと何を話したかなあ。「あれっ?」と独り言を言った。私は絶えず耳鳴りがするのであるが、ミーンとかジーンとか空気の抜けるような音です。それが最近は時々、ジュッ、ジュッと二回続けて鳥の鳴き声みたいなのが入ることがある。自分の突然の耳鳴りに驚いてしまうんですね。疲労が蓄積しているのかもしれません。皆様も連休はゆったりと休養ください。



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[ 2011/09/19 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

たばこ一個700円

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喫煙者、非喫煙者、どちらかに自身の立場を置いて話したくない。このような問題はどちらのスタンスでも、半分の読者に嫌悪されてしまうでしょう。サービス業や選挙事務所などは、お越しいただいた方はありがたいのであり、気持ちよく帰っていただくよう努力するのでしょう。私もここで読者追放運動をしている訳ではないので、意固地になって主張したいこともないし、また、ここは突っ張る場所でもないように思う。



事の発端は小宮山厚労大臣が現行410円の煙草を700円に値上げしたいという発言であった。それに対して、財務大臣がその管轄や権限は自分とこだ、とすぐさま反発したのでした。似たような連中がセクショナリズムで争っても、私として興味も沸かないが、これで見えてくることは煙草は健康問題であり、税収つまり財源問題であるということでしょう。価格を一挙に1.7倍にすれば、喫煙者の煙草離れが起きて、結局のところ税収アップにはならない。世はデフレであるというのに、私の記憶では最大の上げ幅だと思う。健康のためだというのであれば、この際、煙草の生産、製造、販売、輸入を一切止めればいい。そして、酒も飲みすぎて肝臓を悪くする人がいるし、飲酒運転で事故を起こしたり、飲まなきゃいい人なのに飲んだばっかりに家庭内暴力や、もしかして痴漢行為に及ぶ人もいるかもしれない。酒も値上げするか、なくすべきでしょう。ポテトチップスだって、健康被害を受けるということで、ヨーロッパでは課税している。真に国民の健康を考えるなら、そこまでやるべきでしょう。

煙草を止めた、止めさせられたがために糖尿病になったり、ストレスで胃に穴が開いて死んだ者は国が補償してくれるでしょう。すべて現実的ではなく、健康も財源問題も何ら解決はしない。ますます世の中、不景気になりますね。



我が国の煙草の歴史は浅いようですね。16世紀初めごろ、南蛮渡来のものだったという。17世紀初め、家光公は農民に対するお触書で、煙草は腹の足しにもならず、健康を害するから吸うなとおっしゃっている。家光公自身は煙草嫌いで、江戸城全館を禁煙にしてしまった。すると重臣がこれでは仕事に熱が入らない、場内でも喫煙させてくれと進言し、これが認められ、喫煙ルームができたのだという。

我が国の煙草の歴史は短くとも、分煙思想は多分、世界初であった、と私は思う。う~ん、これ自慢できるのではありませんか。



実は煙草の歴史は250万年なんですって。ペルーで煙草の葉の化石が見つかったということですね。同じくペルーでは2万年前には、性交や戦いの前に煙草の煙を顔に吹きかけていたという。性交と戦いは似た行為なのでしょうか。性交とは、私が子供時代にフルボッキ作品で学んだようなものではなくて、子作り、子孫繁栄のためのものであったでしょう。戦争も子孫繁栄、殺らなきゃ殺られるということで生存権を賭けた争いであったことでしょう。生存のための呪術的な儀式であったのかもしれません。

今頃になって、「フルボッキさんてどこの国の方?小説家ですか?」なんて、徹子の部屋の黒柳徹子さんのよな突っ込みを入れられても、私としては、小西得郎さんのように「えー、何と申しましょうか~、ご婦人方にはお分かりいただけそうにない感覚です」と応えてみる。多分、中高年の皆さんにしか受けませんわな。



そういうわけで、人類は肺癌で滅びることはなかったのです。生存への祈りは、数万年、二百万年後の今、見事に成就したと言っても過言ではない。煙草を完全になくして、今後2万年先はどうなるのでしょうか。誰にもわかりません。

また、ついでにと言えば福島の人々に申し訳ないが、健康や生存ということからすれば、放射線は健康によく、元気が出るものだそうですから、プルトニウムをできるだけ人間の身近に置き、せめて、プルトニウムの半減期である2万4千年かなたに、人類の生存があるものなのでしょうかね?健康で元気、これは子孫繁栄には好条件ですがね。



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[ 2011/09/16 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

パク・ソヨンさん、お元気で~!

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タイトルだけでは何が何だかお分かりにならないでしょうね。あ、そうか、とお気づきの方もおられるかもしれませんが、そういう方はごく少数派でしょう。知ってる人は知ってるが、知らない人は知らないでしょうね、と、書いてる本人が訳が分からなくなってしまいましたが・・・。

さて、韓国中央日報紙の東京特派員記者のパク・ソヨン(朴素英)さんが、3年6か月の任期をを終え、本国へ帰られた。今頃は本国で家族おそろいでチュソク(秋夕)をお迎えのことでしょう。最後の記事は「さよなら東京、頑張れ日本!」であった。



「・・・しかし戦後の廃虚から日本という国を興したのは勤勉な日本国民だった。通勤中に元気な声で朝のあいさつをする近所の子どもたち、毎朝町内の清掃をする高齢者、唯一の外国人児童である娘のために一日も欠かさず連絡帳にコメントを記入する担任の先生。自分の場所で引き受けたことを誠実にやり遂げる多くの日本人がいるだけに、日本の未来は相変わらず明るい。地震の被害を受けた東北地方の早期復旧を祈る。頑張れ、日本!」

私はこの記事に意見投稿をしようとしたのですが、数年前と違って、ツィッター、フェイスブック、アカウントなどといった、私にとって意味すら分からない言葉が多く、結局、ログインできずに、書き込めなかった。だからここに書こうかな~、と考えたのでした、と最初に書くべきでしたね。



彼女のお父さんは転勤族で、1980年代に新潟におられたという。それで彼女も小・中でしたか中・高でしたか、日本の公教育を受けた。家で家族と過ごすとき以外は日本語をしゃべり、日本語で考えた、と彼女自身がどこかに書いておられた。そして、ご自分の子供さんも日本の公立学校ですね。

余計なことですが、子ども手当も受給されたことでしょう。韓国他紙の東京特派員はよほど嬉しかったのでしょう、日本でもらった子ども手当や出産祝い金のことを書いていますね。 元は我らの血税であるに、まさに前稿の「感情を逆なで」されるのであります。



こういう人たちは流ちょうな日本語をしゃべり、韓国内の日本語族、日本留学組、知日派などと呼ばれているのでしょう。しかし反日を国是とする国にあって、下手すれば「親日派」のそしりを受けることになる。どうしても韓国国民受けする記事を書いてしまうようだ。それと独島愛を育む教育というので、子供のころから刷り込まれた偏狭な民族主義が抜けきらないのかもしれません。特に領土問題、慰安婦、靖国等の歴史認識等々。かつて、ソウル大学経済学部の李栄薫教授は、「従軍慰安婦、あれは単なる売春婦だ」と言ったばっかりに、ナヌムの家(慰安婦OG寮)の前で土下座させられた。旧帝大系の大学の教授が・・・とても考えられない。国民も国家もまだまだ民度が低いというか、成熟度が低いですね。特に先頭を走らなければならないはずのインテリ層がだらしないように思う。



そういう中で、パク・ソヨンさんは国民病(火病)を起こすこともなく、よくやられたと思いますよ。今は本社に帰られた朝鮮日報のソンウ・ジョン記者とともに私の記憶に残っています。日本文化に対する理解をさらに深め、またいつの日か東京においでください。次は観光旅行でもいいではありませんか。ご苦労様でした、お元気で!



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[ 2011/09/13 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

「死の町」発言

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福島県を視察・訪問した経産大臣が、原発周辺は「死の町」と発言した問題は、本人が辞任ということで決着するようだ。マスコミをはじめ、野党のみならず与党からさえこの大臣は非難された。「被災者の感情を傷つけるもの」「被害者の感情を逆なでするもの」として、この大臣に対して日本全国で大ブーイングの嵐であったように思う。

私は原発周辺に行ったことはないが、そこは人っ子一人いない。荒れ放題であり、ゴーストタウン化していることでしょう。まさに「死の町」であることは誰でも想像できる。違うんですか?

震災後6か月にもなるというのに、いまだに「死の町」ではありませんか。国家危難の折に、公務員は人の二倍働けば、当然のこととして1年分は進んだはずである。過労死が社会問題となったが、公務員の過労死を訊いたことがない。(註:私だけかもしれませんが。)



復興だって、私は6か月で成し遂げた奥尻方式でやれ、と言ったではありませんか。規模が違うなら、それなりの規模で取り組めばいいし、何よりも被災地区での私権は制限されるべきである。個人の都合を言っていたら、またそれを聞いてばかりでは、気の遠くなるような時間を要することでしょう。復興が遅れるということは、東北のみならず我らの地域も、いや、日本全国が疲弊してしまうことは当たり前のことである。

と、威勢のいいことを言いましたが、この大前提は未だに「死の町」であるという現状認識がスタート台になるんです。ですから、私はこの発言はそう目くじら立てるようなことではないと思う。勿論、民主党政府や鉢呂某を擁護するつもりも更々ない。それよりもむしろ「感情を逆なでする」という言葉や、元大臣を「人間失格」と呼ぶことに抵抗があります。「逆なでする」なんて、どこかで聞いたことはありませんか?



広島で核兵器や核武装、つまり我が国の国防について語ることが、被爆者の感情を逆なでするのだそうだ。もっと突き詰めれば、世界平和と我が国の安全、これがなぜ勘に障るのでしょうかね。

沖縄からも聞こえてきそうだ。自衛隊の基地を造ろうとすれば、地上戦で犠牲となった県民の感情を逆なでする、という風に言われることでしょう。満蒙開拓義勇兵として悲惨な戦いをした日本人もいたし、全国の多くの若者が特攻として沖縄に散ったのではありませんか。

馬毛島だって、日本の国防上必要であり、地域経済浮揚にもなるというのに、自衛隊の施設ができれば明日にでも戦争が始まるように騒ぎ立てる人たちが登場する。子供を戦場に送るな、そういう母親たちの感情を害する、ということになってしまう。我らは馬鹿の一つ覚えのような言辞に惑わされてはならない。



本当は「素人がやるからシビリアンコントロール」という何かの標語かスローガンのような発言こそ厳しく追及すべきではないか。憲法第9条をはじめ、ほとんど「感情を逆なでされる」人たちの問題を含んでいるのだから。

え、「人間失格」という言葉であるが、これは自虐的に使用する分には構いませんが、そんなこと私に言われたら大いに感情を害する。従って、誰に対しても言うべきではないのとちゃう?



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[ 2011/09/11 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

アメリカで蕎麦打ちかよ

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彼はアメリカでガラス造形作家として成功した。もう何年も会ってはいないが、御客人衆、彼については下の動画をご覧になってくだせえ。私は彼の名を世に知らしめたい思いはあるが、書けば書くほど私自身の個人情報バレバレ状態になってゆきそうで、つい戸惑ってしまいます。

動画の中の二人は根っからの鹿児島県人であるが、どこに行っても言葉に鹿児島弁のイントネーションがつきまとうものなのだなあ、と妙に感心しました。最後の方では、蕎麦を打って食べてましたね、うふっ。

今夜は早々と筆を置くことにします。みなさま、よい週末を。



[ 2011/09/10 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ふるさとからの声

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お昼頃、自宅へ帰る車の中で、初めて聞いた歌であるが、素晴らしい曲がカーラジオから流れてきた。不肖うさぎ屋も人の子、久しぶりに泣けました。成底ゆう子「ふるさとからの声」いいですねえ。







私も学生時代には実家からよく品物が送られてきた。船乗りをしていた叔父さんからいただいたものを、そっくりそのまま届いたこともあった。コーヒー、紅茶、ココア、チョコレート、コンビーフの缶詰。実家がお中元・お歳暮でいただいたものもあった。鰹節などは、当時は削ったものがパックに入ったものではなくて、丸ごと一本送ってきた。それを自分で削り、お味噌汁の出汁に使ったり、醤油をかけただけでご飯のおかずにした。お袋手製の味噌と梅干しは必ず送ってくれた。それらを新聞紙(ローカル紙)でくるんであったので、その新聞を読むのも楽しかった。あ、味噌の中には昆布が漬け込んでありました。そういえば、我が母も亡くなってから10年になるんだ。私は昆布の味噌漬けを10年間食べていないことに、今気づきましたよ。



私の高校の1年後輩で、一時期吉祥寺のアパートで私と一緒に住んでいた奴(註:次稿にて紹介)なんかは、両親が奄美大島の出身だったので、島の名産がよく届いた。あれは豚味噌だと思い込んでいたけど、味噌漬けだったんでしょうね、豆腐の数倍ある豚肉のブロックが味噌に包まれていた。味噌も美味しかったが、当時、動物性タンパク質や脂肪に飢えていたのでしょうね、あんなに美味いものはなかった。「まいう~」なんて言葉はなかったので、一口食べたらお腹に手を当てて「うううー」と苦しむ様子をして、相方がびっくりして「どうしたの?」といった時に「ううーーうまいっ!」というようなリアクションだったと思う。



故郷の美しい景色に親の愛が加われば、それはもう史上最強の何かになるような気がする。その何かを護る為ならば、我らは人の子であるゆえ、あらゆる労も惜しまない。
[ 2011/09/08 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)