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青春の詩


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読者のおひとりから↓↓この詩を紹介いただきました。青い文字をクリックしてみてください。



サミエル・ウルマン「青春の詩」



この詩の一行目は、昔どこかで聞いたような懐かしい思いがします。誰かがこれを引用したものを私は読んだのかもしれません。「青春とはなんだ」とは、いかにも森田健作が映画の中で言いそうなことですね。あるいはNHK「新成人の主張」という番組あたりでしょうか。私はこのような問いかけをしたことはないし、「生きるとは」「愛とは」という問いと同様に、どちらかと言えば嫌いだ。そんな簡単に答えがでるものでもないでしょう。仮に解ったとして、その通りに愛せるか、生きられるか自信がないので、結局、死ぬまでそれらを追い求める、な~んてのが恰好よさそうですね。



とは言うものの、「老い」や「若さ」ということを考えさせられました。私や私の周囲を見渡したら、どうしても「老いる」ことは切実な問題です。この詩を読んで、田原トシちゃんではありませんが、ハッとしてグッときました。GOODでした。

では、みなさま良き休日を!!









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[ 2012/01/29 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

NHK大河ドラマ「平清盛」


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このドラマの中で「天皇」を「王家」と言っているんですってね。他人事のような言い方ですが、というのは私はこれを一度も観たことはないんです。従って、どのような場面だったのか、雰囲気的なものがイマイチ分からない。王家とは、私も違和感があるけど、NHKに抗議した人たちがいたんですね、そして、その批判に対する弁明みたいなものが下の記事でしょうかね。



当時、天皇イコール「王」だった

 なぜ天皇家、皇室という言葉を用いなかったか。ひとことで言えば、「平清盛」の時代には使われていなかったから、です。

 この時期には、天皇の血族をファミリーとして捉えるという概念がいまだ出現していない。播磨の海、周防の灘、と命名しても「瀬戸内海」とまとめる言葉がなかったのと同じです。近衛天皇の寺院、鳥羽上皇の御所、美福門院(びふくもんいん)の荘園など、個別の名が用いられ、天皇家も皇室も、また「王家」も、言葉としては定着していません。

 それから150年、鎌倉時代末から南北朝時代、天皇家と皇室は依然として用いられていませんが、「王家」が各階層で使われるようになります。たとえば、

 ◎皇族…花園上皇「(後醍醐天皇は)乱髪、小袖一、帷(かたびら)一を著せしめ給うと云々、王家の恥、何事これにしかんや」(『花園天皇日記』元弘元年別記10月1日)

<◎貴族…北畠親房(ちかふさ)「王家の権さらになきがごとくになりぬ」(『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』二条天皇)

 ◎武士…結城直光「昔より誰の家か、王家の相門(しょうもん)を出ざるや」(『源威集(げんいしゅう)』前九年の役のこと)。

(中略)

とすれば、皇帝が上位で王は下位、天皇は皇帝と同格だから王とは絶対に呼ばない…という現代的な私たちの理解は、当時の貴族社会には適用できないのではないか。こういうことはしばしばあって、たとえば「自由」はわれわれにとっては良い言葉ですが、かつては「自由の振る舞い」の如(ごと)く、わがまま勝手を意味する悪い言葉だった。



 では、天皇のファミリーは何と表現するか。中世史学界は、貴族を「公家」、武士を「武家」とするのにあわせて、これを「王家」と呼んでいます。天皇家・皇室の語が一般的になるのは明治以降だし、「朝廷」ならびに「朝家」は天皇の政府を指す(武家の「幕府」に対応)のでニュアンスが異なる。「皇家」は適当ですが、「王家」に比べると使用例が乏しい。

 NHKの制作サイドに尋ねられたとき、以上を勘案し、「王家」の使用を提案しました。純粋に学問的な見地からの応答です。国を思う方々の批判は真摯(しんし)に受け止めねばなりませんが、皇室をおとしめる意志が露塵(つゆちり)ほどもなかったことは、まちがいありません。(寄稿)



 本郷和人(ほんごう・かずと) 東大史料編纂所准教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒業、同大大学院博士課程単位取得退学(文学博士)。専攻は日本中世史。著書に『天皇はなぜ生き残ったか』『謎とき平清盛』など。(2012,1,24産経新聞)





時代考証の先生がおっしゃる通り、確かに日本語は時代によって意味が違います。たとえば「おぼつかなし」「おぼつかない」という言葉も、中世に歌に詠まれた意味と現代に使われる意味とは大分違う。咄嗟に思いつかないが、枚挙にいとまない。つい最近のことだが、「これヤバくね?」なんて若者たちの間で使われる「ヤバい」もそうでしょうね。

「尊王攘夷」というときの「尊王」は、「尊皇」という言葉が使われたのは昭和10年前後かららしいですね。「皇軍」もほぼ同時期でしょう。だから、ドラマでは当時の言葉の用法に従った、つまり史実・時代考証に忠実にやった、という姿勢は一応理解はできる。



だったら、韓国ドラマ「チャングム」、アレは何だったんですか、と言いたい。これも私はほとんど観てはいないんだけど、新保先生がどこかに書いておられました。あの時代には、朝鮮半島では染色の技術がなく、ドラマの中でカラフルな衣装を身に着けているはずはない。曲げ物も作れなかったので、水を運んだり、貯蔵したりはできなかったのだそうだ。時代考証はデタラメな番組だったのではないでしょうか。国民から徴収した、視聴料で成り立っている放送局としていかがなものでしょうかね。今の若者風な言葉使いをすれば、これって、おかしくね?




この番組はドキュメンタリーのようなその時代の実写版ではなくて、あくまでも平成の御世に演出・制作された創作劇ではないか。そもそもがフィクションと言っても過言ではない。これまで数千、数万回上演されてきたであろう「忠臣蔵」だって、実在しなかった人物を登場させたり、恋愛を絡ませたり、様々な演出を凝らしてきた。今の芸能・娯楽番組には、畏れながら今の「天皇」という至高の呼称で構わない、と私は思う。万葉の時代には大君を神と称えた。その万葉集では家持は「御門」と詠んでいる。「みかど」でもよかったのではありませんか。




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[ 2012/01/27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

うさぎの備忘録(2)・・・廃仏毀釈


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我が国は永く神仏習合の世界であったが、明治元年(1868年)、神仏分離令(神仏判然法)が発せられた。この行き過ぎたものが廃仏毀釈と言われるものでしょう。立場によりいろんなご意見があるでしょうが、歴史の汚点でもあるかのようにして、あまり語られることはない。今言えることは、この件で誰も益したものはいなかったのではなかろうか。

お寺を毀し、仏像を焼いた。実は鹿児島藩は最も激しかったという。島津義弘公を祀る妙円寺も毀され、跡には神社が建てられた。島津家縁の福昌寺、天昌寺、大乗寺等も廃寺となった。幕末の薩摩の家老・小松帯刀の菩提寺、園林寺(おんりんじ)も。そういえば、去年訪れた歴代小松家の墓所には、首から上と片腕のない仁王像(石像)がありました。



義弘公の関が原敵中突破を偲んで、江戸時代より「妙円寺参り」という行事がある。私も高校時代に全校生徒で参加した。片道20kmほどを「妙円寺参りの歌」を歌いながら歩く。たどり着いた先は徳重神社であるが、そこでは奉納相撲・弓道大会などをやっていた。神社へ参るけど普通に「妙円寺参り」と呼んでいる。廃仏毀釈の名残でしょうね。

その歌とは、歌詞が22番まであるそうですが・・・。「明くれど閉ざす雲深く、薄(すすき)かるかやそよがせて、嵐はさっと吹き渡り万馬いななく声高し」こんな歌でしたね。



この嵐も鹿児島では、明治5年に信教の自由令が出て終息したという。



なぜ鹿児島では酷かったのか。去年のいつ頃だったかも忘れてしまったが、この論考を郷土史研究家が地方紙「南日本新聞」に書かれていた。失礼ながら、著者のお名前も失念してしまったが、私としては非常に興味深く、また大いに参考になった。私の記憶にあるうちに書き留めておこう。




<薩摩は中央政治の中枢にいたので、地元では令を忠実に守ろうとした。地方地方の担当の職にあったものが仕事熱心、お役目に忠勤のあまり過激化した。そしてまた、寺社は広大な寺領を有し、旧体制下の特権階級であったので、庶民には旧時代への反発心があった。それでも信仰心が失われたわけではなかった。3千人近い僧侶が失業することになるが、彼らには職を斡旋したという。これだけの”大騒ぎ”をして、鹿児島藩では死傷者は報告されていない。>



明治2年、「耶蘇教に肩入れした」として、横井小楠が斬殺されたことを思えば、死傷者ゼロとはいささかの驚きである。外国から称賛される、災害等で秩序正しい日本人の姿と重なってしまう。そもそも、お寺を壊す野蛮な行為をして、秩序もへったくれもない、と言われれば返す言葉もありませんが。





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[ 2012/01/25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ぼく麺食い(笑)


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鹿児島市草牟田、国道3号線沿いの「かごしまラーメン文炎」(ぶんえん)にて昼食。ここは以前も「仏跳麺」(ぶっちょうめん)というラーメン店であった。「仏跳麺」や「麺どころさつま」や「がんこ庵」と同じ経営母体でしょう。友人と車で走っているとき、いちばん近いとこで昼食にしよう、と話していたら、数分後にはこの店の駐車場に停めることになった。建物は外部も内部も小学校風である。







ぼくたちの席は四年に組の教室の前のカウンターであった。僕の友人に「今日はお腹の調子が悪くて食欲がないから、ラーメンの大にライスの並みにしよう」と言った奴がいたが、僕も食欲がなかったので、うま味ラーメンにミニチャーハンのセットにしただす。なぜかラーメン屋のチャーハンはハズレが少なくて美味しいですね。炙りチャーシュー、濃厚スープ、太麺がここの”売り”でしょうが、僕はあっさり系のスープに細麺にしてもらっただ。ほんとに食欲がなかったんです。軟骨煮を載せたのがありましたけど、いつもならこれに決まりでしょうが、あいにく前日の昼も夜も自家製軟骨煮を食べましたからね。お味は仏跳麺に似てました。仏跳麺はどんなお味かといえば、私的には福岡の長浜ラーメンによく似ている。で、長浜ラーメンはどんなお味?文炎のお味ですな(笑)







厚切りの炙りチャーシューは口の中でとろけそうでした。紅ショウガは僕が載せました。福岡のラーメン屋で客が紅ショウガを載っけてましたね。汁が赤くなってしまうくらい入れる人もいました。ぼくはそれを見て以来、あれば紅ショウガを入れますよ。食べる前にすでに唾液がにじみ出てきそうです。具には焼きネギもあったほうがラーメンらしいですが、これ鹿児島だけでしょうかね。

ショウガやワサビを食べると記憶力が悪くなる、と僕の親は信じていたようで、僕は子供のころはそれらを食べさせてもらえなかった。そのせいか大人になってからは怒ったようにして良く食べます。大好きです。

今、ふと思い出したが、10年以上前だろうか、仏跳麺が出来たころ、お店に「お客様のご意見箱」というようなものが置いてあった。僕は「長浜ラーメン風に紅ショウガを置いてくれ」と書いたのでした。それで紅ショウガが置いてあるのか全く定かではありません。念のため。





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[ 2012/01/22 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

日の丸不起立訴訟


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裁判に関するTVニュースでは、裁判所前からの映像として、原告団が「勝訴」と書いたものを誇らしげに掲げた場面をよく見る。ある時は「不当判決」なんて書いてある。今回の”国旗国歌訴訟”では三枚の縦断幕(正式名称は何でしょうか?)を見た。「一部勝訴」「分割判決」そしてもう一つは何でしたかね。どうせ彼らの解釈だから、私は気にも留めなかったので、今、思い出そうにも、そもそも記憶していない。新聞によれば三件の訴訟ということなので、三枚の幕を掲げたのでしょう。



新聞でも、産経は下の通り「停職1人取り消し」としながらも「戒告まで裁量範囲」という見出しであるが、毎日の見出しでは「減給や停職は慎重に」とあった。私のように新聞は見出しを飛ばし読みする人は、印象として、また判決の主旨までも勘違いしてしまいそうである。処分は可、処分は慎重に、これらは読者の受け取り方がちがう。見出しで新聞の傾向やスタンスがわかるのかもしれません。傾向がわかれば、自ずと対策も立てられるのでしょう。これは我らは”受験戦争”のとき、「傾向と対策」シリーズで学んだことではなかったか(笑)

赤旗や日教組の会報なんかでは凄いことになってる、と思いますよ。でも誰が見ても、再犯や再々犯には厳しく対応すべきと思います。5回も繰り返したセンセイがいるというではありませんか。普通は首ですけど、とても一般社会では考えられないことが、教育現場ではまかり通っているようです。




国旗国歌訴訟 「戒告まで裁量範囲」 最高裁、初の処分基準 停職1人取り消し

産経新聞 1月17日(火)7時55分配信



 学校行事で国旗掲揚、国歌斉唱の際に起立しなかったことなどを理由に東京都教育委員会から戒告、減給、停職の懲戒処分を受けた教職員ら計約170人が都に処分の取り消しと損害賠償を求めた訴訟3件で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は16日、「戒告処分までは基本的に懲戒権者の裁量の範囲」との初判断を示した。

                   ◇

 その上で、戒告処分はすべて合法と判断。停職2人のうち1人と、減給1人については処分を取り消した。停職の別の1人は、過去に積極的な妨害行為があったなどとして取り消しを認めなかった。



 校長が起立を命じた職務命令については最高裁が昨年、合憲との結論を示しており、今回は戒告、減給、停職とした処分に裁量権の逸脱、乱用があったかどうかが争点となった。最高裁で処分の在り方の方向性が示され、橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」が大阪府議会に提出し、同一職務命令への違反3回で免職とする教育基本条例案の審議にも影響を与えそうだ。



 同小法廷は、教職員の不起立行為について「式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう行為である一方、積極的な式の妨害ではない」と位置づけた。その上で、戒告処分は「教職員の法的地位に不利益を及ぼすものではない」として「過去の処分歴の有無にかかわらず、懲戒権者の裁量権の範囲内にある」と結論付けた。減給や停職については「事案の性質などを踏まえた慎重な考慮が必要」と判示。例えば、過去1、2年で数回の処分歴では停職の理由として足りないとの基準を示した。



 裁判官5人のうち4人の多数意見による結論。宮川光治裁判官(弁護士出身)は反対意見で「戒告処分でさえも、裁量権の範囲の逸脱に当たる」と述べた。

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【用語解説】国旗国歌不起立訴訟

 東京都の公立学校の現・元教職員ら計約170人は平成15~18年、学校行事で斉唱時の起立などをせず、職務命令違反でそれぞれ戒告、減給、停職の懲戒処分を受けた。教職員らは処分の取り消しを求めたが、1審東京地裁はいずれの訴訟も請求を棄却。2審東京高裁では戒告と減給処分の取り消しを認める判決と、停職処分を容認する判決が出て、判断が分かれた。



まあ、一人前の大人になぜ起立しなければならないか、と教えるのも馬鹿馬鹿しい話です。たとえば人間は、歩く時にはどちらの足を先に踏み出しなさいとか、右と左を交互に出して歩きなさい、とかは教えられないが、みんな無難に、上手に歩いている。センセイ方にこんな歩き方まで教えてやらねばならないのだろうか。私は、仮に我が子が駄々っ子のように不起立していたら、会場に行って、みんなの前で子を殴ってやります。そして、首根っこを摑まえて、会場の外へ引っ張り出してやりたい。国旗や国歌が嫌いなら、最初から教師なんかになるな、と言ってやりますよ。



このような最高裁判決がでたら、大阪でやろうとしている「免職処分」はどうなりますかね。この対策としては、教員採用試験で変な人間を合格させないことでしょう。昔の口頭試問、今は面接試験というんですか、これを重視して、たとえば応援団や体育会系の学生を採用すればいいですよ。





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[ 2012/01/20 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)