2012 0112345678910111213141516171819202122232425262728292012 03

休眠預金の活用


人気ブログランキングへみなさまのクリックをください。

当地は今日は灰交じりの雨だす。え~、気象衛星アメダスに掛けたつもりでしたが、あまり面白くありませんだすた(笑)

灰も桜島上空の風向きによって、暖かい時期には鹿児島市内の方へ降ってくる。そろそろ温かくなってゆくのでしょうか。「寒の戻り」とか「忘れ雪」ということもありますので、もう一度寒くなるのかもしれません。雪深い地方にお住まいの方には申し訳ないような気がしますが、それにしても、もう間もなく当地は温かくなります。

さて、大分前です、こんな記事がありましたが、ご記憶にありますか?




「休眠預金」成長戦略に活用 政府が検討開始、銀行業界は猛反発

政府は15日、「成長ファイナンス推進会議」(議長・古川元久国家戦略担当相)を開き、金融機関で10年以上お金の出し入れがない口座の「休眠預金」の一部を日本経済の成長戦略に活用する検討に入った。雇用創出や新たな産業の育成につながる起業の支援などを想定している。会合後、古川国家戦略相は「直接的に東日本大震災からの復興に使うことはないが、支援する企業が被災地にあれば、復興につながる」と述べた。ただ、銀行業界は活用に強く反発しており、実現には課題も多い。



 休眠口座は10年以上お金の預け払いがないまま金融機関に放置され、預金者と連絡が取れない口座。銀行預金の場合は、商法の規定で5年間、信用金庫などは民法の規定で10年間、取引がないと預金者は権利を失う。ただ、権利喪失後も預金者の請求があれば払い戻しに応じている。



 金融庁によると、休眠預金は銀行や信用金庫などを合計すると毎年約850億円が新たに発生し、うち約350億円が払い戻されている。残りについては、口座管理費用などを除いた上で、ひとまず収入として計上している。



 これまでも政府内に休眠預金の有効活用を求める声があり、同会議で検討に着手した。古川国家戦略相は会合後、「日本が成長していくためのお金の流れをいかによくするかを考えいく」と述べた。



 英国などでは休眠預金の一部を財団や基金に移し、福祉事業への支援などに使っている。会議ではこうした事例を参考に、第三者機関が設置する基金に休眠預金を繰り入れる案などを検討する。



 これに対し、銀行業界は「休眠口座は20年程度取引がなくても、突然引き出される場合もある」(大手)などと強く反発している。



冬眠ならばいつかは目覚めるのでしょうが、休眠は何もしないで放置しておけば、いつまでも休眠状態なのでしょうね。

これも一人で100万とか1000万円単位のお金を20年も放置している人はまずいないと思われます。預金者にとっては、個人差はあるにせよわずかな金額なのでしょう。通帳や印鑑やキャッシュカードなどを紛失してしまい、とっくに忘れているのではありませんか。勿論、お金の所有者は預金者であることには間違いないのですが、10年で銀行から通知を受け、さらに10年後に通知されても何もしなかった預金者のお金は、無主のお金として国庫に入れるべきではないでしょうかね。そして、その金は今だったら震災復興ですが、若者の就職や子育て支援等に使えばいい。

最近は虚無人名義の預金口座はできないのだから、銀行も通知はできるはずです。これまでは銀行が運用し、収入にしていたというが、これこそ言葉は悪いがジャイアント猫ババではありませんか。万が一、30年後に請求があったら、その時は銀行を通じて国から還付を受ける、ということになる。



つい最近、昼食を食べに行った喫茶店で、週刊誌をパラパラとめくっていたら、いいことが書いてありました。

「ファンドマネージャーで年1億円稼いでも、周囲の人から尊敬されない。」

町の金貸しにちょっと(ほんとはいっぱい)毛の生えたような銀行業も、社会に少しは貢献する格調高いお仕事になればいいではありませんか。”銀行業界は猛反発”ですって、どこまで銭ゲバなんですか!



人気ブログランキングへみなさまにお願い。
スポンサーサイト
[ 2012/02/28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

日本一の大楠

本日は所要で蒲生町に行った折、蒲生八幡神社に参拝した。御祭神は仲哀天皇、應神天皇、神功皇后。武運祈願でしょうが、健康・長寿祈願もされているようでした。日の丸がはためいている瞬間を撮れて幸運でした。







日本一の巨楠の威容。楠は山などに自生はしない、とどこかで見たが、1500年前に誰かが植えたのでしょうか。根の周りを踏みしめないように、周囲は木造の回廊になっている。画中に人や犬でも写っていれば大きさも比較・実感できるのでしょうが、ね。








人気ブログランキングへ

じっくりお読みください。クリックで拡大できるはずです。思い出しましたが、ランキング応援クリックの方もよろしくお願いしておきます。





さて、いかにも私らしいのですが、地元特産品売り場の「くすくす館」に立ち寄り、椎茸の原木を二本買いました。なんと一本500円でした。勿論、大きさにより600円のものも700円のものもありましたが、800円が最高値のようでした。私が買ったので、もう売り場には500円は無くなりました。レジで係の人たちが「えっ?500円でしたか、安い」と言う。

「そうよ、これが鹿児島市内のお店なら一本1200円から1500円するね。」

「あ~、そうですか、うちも1000円くらいで売ろうかな。」

「いや、そりゃ酷い、それはいかん、800円で売りなさい、飛ぶように売れるはずよ。」

「お客さん、今お買いになったこれを、うちの店の前で800円で売らないようにしてくださいよ。」

「な~にを馬ー鹿な、ほんじゃ、どうも」








人気ブログランキングへ
[ 2012/02/27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

オセロの黒と白







わが家に咲いた梅の花。花よりも梅干し用として植えて、もう十年になる。梅と杏子を掛け合わせた豊後梅というものだそうだ。大実が生るが、花の色も紅梅と白梅の中間、よりも白寄りのピンクかもしれないが、美しい。



家にありける梅の花のちりけるをよめる  つらゆき

暮ると明くと目かれぬものを 梅の花 いつの人まにうつろひぬらん

日が暮れるとて見、夜が明けるとて見て、いつも花から目が離れないでいるのに、人の見ていない間に花はうつろうのだなあ。



題しらず                よみ人しらず

ちりぬとも香りをだに残せ 梅の花 恋しき時の思ひいでにせん

これは読んだその通りでしょう。かつて愛したあの女性、梅の香のように思い出される。私個人的にはこのような解釈もありですが、TVの「演歌の花道」のナレーションみたいですね。



昨日のお昼すぎ、ダイエーの2階の書店で二冊買った。「カバーをお付けしますか?」と丸々と太った女店員さんが言う。女店員さんがポッチャリ型だろうがアンコ型だろうが、どうでもいいのだが、その容姿は今でもはっきりと覚えています。「いや、この分はいいよ」と私は断った。言ってしまったとたん、あれ?こんな言い方おかしいかな、あの分とかこれから先の分はこの場で関係ないのにな、と考え込んでしまった。私は文庫本には必ずカバーを付けてもらうから、今回の分は文庫本ではなかったからでしょうけどね。

考え事をして歩いたのでしょう。ふと周りを見れば、1階の食品売り場の片隅にいた。エスカレーターを利用したのか、階段だったのかエレベーターだったのか、とにかくどうして1階まで降りたか全く記憶にない。一瞬、ここはどこですか、と目の前にいる人に訊きたい衝動に駆られた。出口の方向もわからない。日常の些細なことですが、こんなことってありませんか?

やっと外へ出て、横断歩道で信号待ち、いつもは待っている間にスクワットをするのであるが、その時はそんな気は起きず、愕然として電柱に寄りかかり、煙草に火をつけた。




そんな訳で、前回の稿でも話に盛り込むつもりでいたものを、結構書き洩らしているんですね。

あの背中にお絵描きしたおいちゃんは、斬った張ったのうつせみの世で、自然と身に付けたもの、学んだものがあるのでしょうね。たとえば、神は人間を創りたもうたというが、実際は人間が神を作った、というようなことを。




オセロの黒・中島と白・松嶋であるが、私は白はどうも好きになれない。はっきりとした理由はないが、白と同じ部屋に10分と一諸におれないでしょうね。私のことですから「いいから、あっちいけ!」と言ってしまいそうです。その点、黒はまる一日でも一週間でも一緒にいて飽きることはないでしょうね。通販などのTVコマーシャルではないが、あくまでも個人の感想ですよ。

黒に向かって「ちょっとこっちへキンセンカ、わたしゃあんたにホウレンソウ」なんて言っても彼女には通じるような気がする。面白いかもしれない。柳亭痴楽なんて、60代以上のご婦人方でないとご存じないでしょうね。「あら、おもしろい、うささん好き!」な~んて、60代以上のご婦人方ではなくて、黒さんのお口から。勿論、私は60代以上も大歓迎なんですよ。何歳になっても異性に関心を抱かれる女性は魅力的ですね。この私めも何言ってんだか(笑)




かなり前から、黒と白についてずーっと考えてきたことがあって、一週間くらい前ですか、ローカルテレビで原口泉先生が黒白について話しておられたのをチラと見た。CMだったのか番組だったのかわかりませんが、偶然に、ほんのわずか1分くらいでした。え、原口先生とは、前鹿児島大学教授で、「篤姫」やその他何でしたか、NHK大河ドラマで時代考証をなさった方です。

長州の白は白米のイメージで、薩摩の黒は黒糖のイメージというようなことを仰っていた。



幕末、戊辰戦争で薩摩・長州・土佐等いわゆる官軍は、会津をはじめ東北・奥羽連合国を攻めた。その時に隊長クラスが頭にライオンのたてがみのような被り物をしていた。この名称は私は知りませんが、各藩で色分けをしていたんですね。薩摩は黒、長州は白、土佐は赤でした。この色を当時の人たちがどのように決めたのか、私の不思議のひとつでした。チームカラー、藩のイメージカラーだったのかもしれません。



薩摩は黒糖をほぼ独占していたのだから、黒のイメージはあったかもしれません。黒豚、黒毛和牛、黒酢、黒薩摩焼(陶器)、大島紬も黒かな、黒焼酎などありますが、次は地ビールで黒ビールがでるのだろうか、と思っていた。そしたら、数日前にアサヒスパードライがブラックを発売しましたね。日本では黒ビールのシェアがわずか2パーセントだそうで、そこを伸ばすのだという。さすがアサヒですね。余談ながら、かつて独禁法すれすれであったキリンダントツのビールのシェアも、私の生きている間に変わることはないだろうと思っていたが、アサヒはひっくり返しましたからね。

それにしても、土佐藩の赤色は全く見当がつきません。

ですから、薩摩人の私としては、黒か白かといえば、黒に心惹かれるのかもしれません。



さて、オセロ松嶋さん、独断と偏見で書きましたが、お気を悪くなさらないでくださいね(笑)




人気ブログランキングへ
[ 2012/02/26 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

オセロ中島知子

私は知子さんが好きです。どーこがじゃ、何がじゃ、どーうしてじゃ、などと言われても、とにかく好きなものは好きなんです。・・・だから好きだ、と理路整然と説明できる段階を超えて、「恋は盲目」と言われますが、ほんとに好きになればどうして好きなのかわからなくなるのでしょうね。私は恋している訳ではありませんが、彼女は好きな女性タレントの一人です。



ワイドショーによれば、相次ぐ失恋に激太り、そして自称霊能者・占い師・脚本家・官能小説家との同居ということらしいですな。家賃滞納もありました。彼女を振った大物歌手とは誰でしょうかね。現在は病気なのか元気なのか、彼女に会った人はいないのだから、全くわからない。

兆候はあったようですね。知子さんは携帯で電話した後「今日は赤い下着でないと仕事ができない」とか、「ロケ地は方角が悪いから行けない」などと言った、と伝えられている。相方の松嶋のことも「顔も見たくないくらい嫌い」と言ったということですが、昔の彼女からすれば、とても信じられないですね。



彼女はマインドコントロールされているのだそうだ。それで、TV番組の中ではマインドコントロールについて解説していた。健康カルト、自己啓発カルト、宗教カルト、それともう一つは何でしたか、私の記憶に自信はないが、金儲けか性的だったかもしれない。だとしたら、早くコントロールから解けてもらいたいもの。




突然話題が変わりますが、先日私が経験したことを知子さんに教えてあげたい。

私も毎年のことであるが、この時期、気分が滅入るのです。気晴らしに、夜中の1時ごろからスーパー銭湯に行く。どこの温泉にも「入れ墨のある方の入浴お断り」と貼り紙がしてあるけど、街中の銭湯のこの時間帯には結構そのようなお方をお見受けします。私は入れ墨が悪いとは言わないが、彼らは墨を入れるときに、以後銭湯には行かない、という強固な覚悟は持たなかったのでしょうかね。

中にはOBというのでしょうか、老侠客という雰囲気の人もいます。私の前を横切る時には手刀を切ってゆく。そして散乱した手桶などを率先して片付けていましたね。背中の筋彫りさえなければ、ご町内の好々爺です。正式名称は筋彫りなのかわかりませんが、絵の輪郭だけを彫ってあるんですね。私の友人に言わせれば、痛くて途中で止めてしまった意気地なし、なのだそうです。私が思うには、お金が続かなかったのではありませんか。でもこういう人に限って、いざとなれば、「おい、婆さんや、あれを出せ」と言うんでしょうね。すると老妻はタンスの奥にしまってある白鞘の日本刀を持ってきて、「さ、おまえさん」、な~んて勝手な想像をしていますが・・・。雨の降る夜、老侠客は白鞘片手にひとりで出て行った。後でそれを知ったサブは路地へ飛び出す。「親分!」・・・そこで流れてくる曲は絶対に↓これですね。








話がちょっとだけ横にそれましたが、私がサウナに入ったら、先客が二名いた。腕に少しだけ筋彫りのある若い男と恰幅のいい50歳前後のおいちゃんであった。おいちゃんの背中にはそれはそれは立派な虎が咆哮していた。私は咄嗟のことでUターンして出るわけにもゆかず、また、二人を避けて隅の方に座るわけにもゆかず、仕方なくおいちゃんの隣に座りましたよ。

虎「何の仕事をしているの?」 若「営業です。」 虎「上司はその刺青のことを知ってんのか?」 若「いつも袖の長いのを着てますから、知りません。」 虎「なんで仕事のことを聞いたかというとね、たまにワシの仕事を手伝ってもらおうと思ってね。」つづけて虎「ワシは○○組の頭のひとりだ。○日の新聞に載ってたやろ、30万円の罰金を払って出てきた。」さらにつづけて虎「ワシも昔は何人も若いモンを食わしていたけど、今は無理、何かある時だけでいいからアルバイトに来ないか。」

銃刀法違反で留置所にいたことなど話してました。怖いですね。でもすごくいいことも話していた。以下、おいちゃん語録の要旨。



世界中、宗教で争ってるだろ。キリスト教とアラブとかイスラムのあれは何教か、あ、イスラム教か、あんなのは何千年も前の人が言ったことだろ。あんな何千年も前の教えを今の大学を出た頭のいい人たちがなぜ信じるのだろうか、ワシャわからん。アメリカのあれは何だ、オバマ大統領もキリスト教徒か。まだコンピューターではじき出したものを信じるのならわかるけどな。ワシも子供のころは創価学会だったけど、あんなもん、インチキというのがすぐわかったよ。ワシは幽霊は信じるけど、うふっ、宗教なんて信じない。

あくまでも、おいちゃん語りき、です。



世の中には、悪霊がとり憑いているから除霊してやる、という除霊商法というのもあるそうです。霊を信じる信じないは別にして、このおいちゃんは悪徳霊能者の鴨にはなりそうにありませんね。

ところで、中島知子さん、長々と書きましたが、参考になりましたでしょうか(笑)





人気ブログランキングへ クリックお願いします。
[ 2012/02/23 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

光市母子殺害事件判決

紀貫之「土佐日記」には、子を亡くした親の「悲しみに堪えかねて」詠んだ歌が多い。



なかりしもありつつ帰る人の子をありしもなくて来るがかなしさ

(行くときはいなくとも、帰るときには連れて帰る子、それが普通なのに、あったのに亡くして帰るその悲しさよ。)



生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ

(ここで生まれた幼い人も帰らないのに、我が家にその間に育った小松があるのを見るのは、なんとも悲しいものだ。)



見し人の松の千歳に見ましかば遠く悲しき別れせましや

(亡くなったあの子を松の千歳にあやかって、長生きするものと見たかった。そうだったら、何でこんなに遠く、悲しい別れをするものか。)



この他にも、亡き子を忘れらるはずはないのに、忘れ貝や忘れな草を詠んだ歌もある。古より、いつの時代にも子を亡くすことほど悲しいものはない。そしてそれが、鬼畜のような男に無残に殺害されたとしたら、ご遺族の心中いかばかりか、私は想像だにできない。

世が世なら仇討ということもあろうが、仇討の制度はとっくに廃止されている。勿論、被害者のご遺族が自力で犯人に制裁を加えることもできない。法による裁きによるしかない。今回、最高裁は犯行時18歳1か月の男に死刑判決を下した。

四人の裁判官の一人は反対だったという。その理由は、我が国の法では18歳未満のものには死刑は科さない(無期懲役まで)ということだが、旧姓福田某は少年期に母親の自殺死体を見たり、父親から虐待を受けていて、発達でしたか成熟でしたか、どのような表現だったか、とにかく遅れていて、知的・精神的には18歳の水準に達していない、というものだった。情状酌量の余地ありでしょうか?これに対して裁判長は、そのようなものを判断する基準はない、ということだったと思う。



私は「18歳未満」というのがキーワードだと思う。手続法などでは、たとえ1日でも未満、或いは足りていても、厳格に対応すべきと考える。しかし極刑を科す場合にはいかがなものでしょうか。知的障害者もいるでしょうし、各人の育ち方は一様ではない。たとえば年齢が18歳6か月だとして、体躯は立派な大人でも実際の知的精神的レベルは15歳だとしたら、もし死刑を執行すれば、国家による無益な殺生のようで後味の悪いものでしょうね。国民にも殺生感がつきまとう。

「国家による・・・」などと書けば、すぐに”左翼”と短絡される恐れもありますが、左翼も右翼もないんです。道徳、倫理、人道、まあ、このような問題でしょうね。

確かに裁判長のおっしゃる通り「判断基準」は今はないことも事実です。また、死刑は犯罪の抑止になるとも言われますが、人間の生き方として、極刑で抑止される、というのも何か変ですね。はっきり言って、国家が道徳教育を怠ってきたのではありませんか?人を殺めてはいけない、他人の物を盗んではいけない、嘘をついてはいけない等々。これには教育現場、家庭のしつけも当然含まれる。



話は変わるが、鹿児島にかなり昔から「三育学園」という私立の小学校がある。そこを通りがかった時に看板を見れば、三育とは「知育」「体育」「徳育」とある。なんだか知育優先で、徳育が疎かにされているような気がします。18歳、高校卒業までにその段階に応じた道徳教育をすべきですね。これが判断基準となるのではありませんか。基準を満たさないものは進級はおろか、社会に出してはならない。

教育内容の一つに、人を愛し・・・国を愛する心の涵養、当たり前じゃありませんか。







人気ブログランキングへ
[ 2012/02/21 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

知覧に行こう!

私の友人のSさんが自身のブログでアップされたものをそのまんま掲載します。彼女もまた私めと同世代です。老いの一徹にはまだ早いですが、最近の若い者に言いたいことがたくさんある。





2年前に、ブログにアップした映画ですが、再度紹介。

.

太平洋戦争末期。悪化する戦局を打開すべく体当たり攻撃を担当する特攻隊が編成された。さまざまな想いを抱えながら特攻隊員に選ばれる若者たち。そんな青年たちの母親代わりでもあったトメは、彼らを優しく見守る。(ネットより転載)



東京都知事・石原慎太郎氏が製作・総指揮・脚本を手がけ、



特攻隊で命を落とした青年達と、



彼らを母親のように見守った鳥濱トメさんの物語です。





”1945年 知覧 無残にも美しい青春があった。



そして、彼らを心で抱きしめた女性がいた。”





知覧で、軍指定の「富屋食堂」を営み「特攻の母」と言われた、



鳥濱トメさんの視点から、特攻隊員を描いた群像劇です。





出撃・帰還を何度も繰り返し、非難をあびる者。



そして、出撃前夜、特攻隊員達は、各が最後の夜を過ごす。



家族と会う者。



トメさんに「自分は蛍となって帰ってくる」と話す人。





終戦後、贖罪の意識に苛まれながら、生きている特攻隊員。





印象に残ったシーンは、玉子どんぶりが好きな隊員に、



トメさんの着物を、娘が質屋に持って行って、お金と交換して、



玉子を買ってきて、玉子どんぶりをつくって食べさせる所でした。





「靖国で会おう」と言って、愛する人を守るために、



若き命を亡くした特攻隊員達。





涙なしに、この映画を見ることは出来ませんでした。





予告編



鳥濱トメさんの肖像・実写版



軍事評論家・佐藤守氏が、この映画について、感想を述べています。

http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20070601/1180667743



祖国の未来を信じて、多くの若者が飛び立ちました。彼らが信じた未来、つまり今、現代に生きる我らは英霊に対して恥じることはないか?知覧の空を仰ぎ見に行きましょう。5月3日、知覧特攻戦没者慰霊祭。


人気ブログランキングへ



[ 2012/02/19 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

なんだコリャア

寒くなりましたね。私も軽い頭痛がして、そのまんま蒲団に潜り込もうかとも考えたのですが、どうせ頭痛の原因は肩こりなのだから温泉に行った。それでも治らなかったら、頭痛薬を飲むことにしよう。自宅から一番近い、歩いてゆける中村温泉(←クリックしてみて!)に行った。

外が冷えているものだから、熱い湯船に浸かったら、痛いという感覚であった。そういえば、「熱い」と言わずに「痛い」と鹿児島では言っていましたね。東京でもそう言いますかね。蒸気風呂、水ぶろ、電気風呂と順に、また繰り返し入りながら、このようなことを思っていた。




フランスなのに日本語であいさつ…T-ARAの発言めぐり議論に

7人組のT-ARA(ティアラ)がフランスで行った日本語でのあいさつをめぐり議論が起きている。



T-ARAは8日にパリで開かれたKBS(韓国放送公社)第2テレビの「ミュージックバンク・イン・パリ」公演に参加した。



当日の本公演に先立ち行われたフォトタイムでのT-ARAのあいさつが問題になっている。現地メディア取材陣をはじめ多くの取材陣が集まった席で「ありがとうございます」と日本語であいさつをした。



写真を撮る前にはフランス語で「ボンジュール」と言ったが、写真を撮った後に退場しウンジョンが日本語で「ありがとう」と言った。続けてソヨンも「ありがとうございます」とあいさつした。パリに行って英語でもフランス語でもない日本語でのあいさつに、映像を撮影していた記者も当惑して「え?」と反応した。



他の歌手がフランス語と英語、韓国語を使ったのとは異なる行動だ。映像は現在動画専門サイトに上げられ議論の中心に立った状態だ。だが、一部ではウンジョンがフランス語で「アビアント(また会いましょう)」といったものだが、ソヨンのあいさつは明確に日本語だというもの。



ネットユーザーらは「日本の記者が話しかけたからではないのか」「日本公演でもないのになぜ日本語であいさつを?」「見た目の良い行動ではない」と反応している。(2012,02,16中央日報)




韓流がどうだこうだと言う前に、私はこの女性グループがどんな歌を歌っているかも知らないんです。KARAが日本でヒットしたものだから、ネーミングもKARA似ですね。ティアラ、王冠にあやかったとも言われる。日本国内ではCDの売り上げは減少傾向にあるらしいが、韓流、いわゆるK-POPは今年は最高の伸び率であったらしい。私も知らないと言いながら、嫌でもこんな情報が耳に入ってくる。



彼女たちは「ありがとうございます」と言ったのは確かですね。「ありがと」に似ている「アビアント」は、最後のTは無音、発声はしないのだそうです。日本語がごく自然に口に出たのではありませんか。この人たちは日本が大好きなんです。考えても見なさい、印税はきちんと入ってくるし、日本の芸能プロは契約は守るし、何と言っても日本では性接待・枕営業をしなくてもいいでしょう。勿論、ウオンより円が大好き。

外国では日本文化はクール、かっこいい。彼女たちは日本語をしゃべれたら同じようにかっこよく見られる、という浅はかな考えを持っても不思議ではない。

韓国で日本の大衆文化を全面解放したら、わずか数年で日本文化が席捲することでしょう。セクシー度ナンバーワン歌手のイ・ヒョリさんも日本大好きですね。今は韓国日産でキューブも販売しているが、まだ韓国国内で買えない頃、ヒョリさんは個人輸入代行で購入したキューブに乗ってました。その前はやはり日産車でした。これまで数えきれないくらい来日して、ステージ衣装も原宿あたりで仕入れたものなんでしょ?

かの国では「植民地にされた」という歴史認識を持っている訳ですから、宗主国様の言葉を話せることは、他の韓国人とは違うんだ、という優越感も味わえるでしょうからね。民族に沁みついた属国意識かもしれません。可哀そうに。



ところで、由紀さおりさんがニューヨーク公演で、「サンキュー、ベロベロマッチョ!」なんてかつての”敵性外国語”である英語で話しても、我らはちっとも気にはしません。いや、私は「ベリィマッチョ」とは誰に向かって、どんな場面で、どんな意味で言ったのかなあ、とすごく気になる。彼女は純和風のお色気美人として根強い人気がありますので、ある種の男性の中には考えすぎる人もいるかもしれません。

冗談はさておき、韓国内で議論が起きているというが、その様子が目に浮かぶようではありませんか。今はまだ寒いからいいけど、そのうち暖かくなれば国旗を燃やしたり、T-ARAの属するプロダクションの玄関先にウンチをする輩も無きにしも非ず。精神を病んでいるにちがいない。植民地・属国根性まるだしの世界の孤児としか例え様がない。





人気ブログランキングへ 
[ 2012/02/18 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

蕎麦は十割に限る





先日、伊集院町へ行く途中に松元町の「手打ち蕎麦・比良」に立ち寄った。以前にも書いたが、蕎麦には四種類あるそうだ。

田舎蕎麦:蕎麦の実の外皮まで挽いたもの。

挽きぐるみ蕎麦:外皮を取り除いた部分を挽いたもの。

更科蕎麦:実の芯の白い部分を挽いたもの。

発芽そばきり蕎麦:実を発芽させた(新芽)ものを挽いた。



このお店の発芽そばきりは土・日限定で、数に限りがある。私は友人と二人でこれを初めて食した。この蕎麦は甘味や風味が強く、少し滑りがある、と”効能書き”にはあった。これまでに味わったことのない新鮮な味がしました。確かに滑りは感じたから、のど越しはよかった。








蕎麦猪口に入っている白いものは、トッピングの山芋とろろです。プラス100円也。鹿児島では蕎麦と山芋は最高のマッチングウ~!なんです。そういえば、薩摩銘菓「かるかん饅頭」にも山芋が入ってます。蕎麦のつなぎにも山芋とろろを使います。蕎麦を湯がけば、山芋が固くなってポキンと折れてしまう。ですから、地元の伝統的田舎蕎麦は麺は太くて短いですね。私も大好きでしたが、今思うには、山芋が好きだったのかもしれません。私が本当に蕎麦を好きになったのは、自分で(蕎麦粉)十割蕎麦を打つようになってからのような気がする。

天ぷらはごぼう天が美味しかった。その日は胃の調子があまり良くなかったので、おにぎりを1個付けて、御代は・・・友人が払ったので不明。もしかして、な~んか私、得したみたい。



蕎麦を待っている間、私の習性なんですね、そこにある本を手にとってしまう。いいことが書いてありました。

「在来種の蕎麦は絶滅の危機にあるが、在来種の蕎麦を出すお店(の数)は増えた。」

よくわかった、もうこれ以上何も言うな、と言いたいくらいである。蕎麦粉も中国やカナダなどからの輸入が7割以上あるのではないでしょうか。国産というだけで貴重なものですが、その地域地域の在来種の蕎麦というのがまだあったんですね。在来種の絶対量は少ないながら、それを出すお店が増えたとは、嬉しいですね。多少、高いものでも需要があれば、当然ながら生産も増やさなければならない。蕎麦好き人口が増えれば、日本の農業の未来は明るい。そんな単純なものでもないでしょうが、「深イイ」フレーズだと思う。



園芸ではよくこういうことを言われる。植物によっては、「明るい日陰」で育てよ。また、「保水性のある水はけのよい土壌」ともいわれる。相反するようなことを同時に言っているのであるが、一体どっちなのよ、でも、そこにはパラドックスでもない、二者択一でもない、えもいわれぬ微妙で繊細な真理が潜んでいるんですね。





人気ブログランキングへ
[ 2012/02/14 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

長崎県・対馬市の補助金





拙宅の日の丸。今日は友人と旧伊集院町・隼人町へ行った。家を出てすぐに国旗を掲揚してある家を見た。自民党参議院議員宅であった。すぐ近くの旧道の小さな商店街では、すべての街路灯に小さな国旗が各二本掲げてあった。

友人の車で、ほとんどが高速道路を通ったせいもあるかもしれないけど、帰宅するまでの間、他に国旗は見なかった。私たちの子供のころは国旗掲揚は当たり前のことであったが、今や祝日の町の風景は様変わりしました。元来、保守的な風土である鹿児島でもこのような状態であるので、日本全国、推して知るべしでしょう。国会で「コーヒーを頼む精神」と言った大臣がいましたが、祝日に国旗を掲揚する精神を普及さすべきですね。

さて、国旗を掲揚しないような日本人のみなさんは、以下の記事を読んでどう思われるのでしょうか。それとも無関心なのでしょうかね。




「島のために当然」「日本人が来てくれるわけでも」対馬市補助金

“竹島遊覧便”を運航する韓国「大亜高速海運」便への長崎県と対馬市の補助金支出について、対馬では「国益に反する」という批判的な意見がある一方、「島の経済のためには当然」との声が主流だ。高齢化と過疎化が進み主産業の漁業などが衰退する中、韓国からの観光客や資本投下に依存せざるを得ないのが実情だからだ。



 「補助金支出を批判する人は島の実情を知らないのではないか」。島内で旅館と食堂を経営する対馬旅館業組合の熊本裕臣組合長はこう話す。



 対馬は福岡から約130キロ。釜山からは約50キロしかなく、高速船で1時間10分。韓国にとって登山や釣り、買い物が楽しめる「最も近い海外旅行地」でもある。週末、商店街をそぞろ歩く家族連れや若者グループは韓国人が目立つ。



 大亜社便が震災後2カ月半余り運休すると、対馬のにぎわいは消えた。熊本さんの旅館では、韓国の旅行代理店が3カ月先まで押さえていた予約が一斉にキャンセルされ、1500万円分の売り上げが吹き飛んだ。「島の経済がピタッと止まった。運休が半年続いていたらダメ(倒産)だったかもしれない」という。



長崎県が平成21年に発表した推計では、韓国人観光客の島内消費額は21億6千万円。対馬市の23年度一般会計当初予算(288億円)の1割近くに相当する。韓国資本のホテルや店舗での消費も多いため、「人数のわりに島民に落とすお金は少ない」との指摘もある。だが、熊本さんは「運休によって自分たちは韓国人旅行者のおかげで生活できていると再認識した。補助金で観光客が戻るならいいことだ」という。



 しかし、大亜社が竹島遊覧を実施していることは、あまり島民に知られていない。小宮教義・対馬市議は「島では大きな問題にはならない。韓国人の代わりに日本人が観光に来てくれるわけでもない」と話す。



 昨年10月に新規参入した韓国「未来高速」の代理店経営、比田勝亨さんは「もう大亜社の独占状態ではないのだから、補助金を垂れ流すべきではない」と指摘する。一方で、「竹島便を出す会社に税金を使うのはおかしいとは思うが、イデオロギーを優先したら対馬経済はだめになる。割り切るしかない…」と語った。(平成24年2月7日産経新聞)




私の感想をひと言でいえば、馬鹿なこと言うんじゃない!。もっと簡単に言えば、やっぱり、馬鹿言ってんじゃない!である。

国益と地域振興や個人の商売とどちらが優先されるべきか、旅館主には誠にお気の毒であるが、国益であることは当然のことです。旅館主にとっては死活問題でありましょうが、地域振興についてはこれまで県や市があまりに職務怠慢であったのではありませんか。

獲る漁業や育てる漁業、水産物加工製造業、地域特産品開発、観光、どれだけのことを行政がやってきたのでしょうね。



対馬には韓国資本のホテルやゴルフ場もある。日本の補助金で韓国企業を助けている、という一面もある。竹島遊覧の船の中では「独島は我が領土」などととんでもないことを言っている。本来ならば我が国の領海侵犯である。何よりも李ラインで我が国の漁民44名が殺されたことを想起すべきであろう。数百隻の漁船が拿捕され、我が国の海保の船までも銃撃を受けた。そんな国の企業に補助金を出す県・市も、「日本人が観光に来てくれるわけではない」とか「割り切るしかない」などと言っている人は、我が国の国旗に対して恥ずかしい思いはしないのでしょうか。かつて、我らの祖父母はかの国を統治していたことも忘れてはならない。日本人の誇りはどこへ行った?





人気ブログランキングへ



[ 2012/02/11 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

隣組制の復活を!


人気ブログランキングへ

姉が病死、知的障害の妹が自力で生活できず凍死

札幌市白石区のマンションで女性2人の遺体が見つかり、北海道警は25日、40代の無職姉妹と確認した。姉の病死後、知的障害があった妹が自力で生活できずに凍死したとみられる。道内では今月、釧路市のアパートでも凍死した高齢の夫婦が見つかったばかり。道は高齢者や障害者の見守り態勢の強化に乗り出す。



 道警によると、姉妹は佐野湖未枝(こずえ)さん(42)と恵(めぐみ)さん(40)。マンションの管理会社から連絡が取れないとの通報を受け、白石署員が20日に遺体を発見。司法解剖の結果、湖未枝さんは先月下旬~1月初旬に病死、恵さんは1月初旬~中旬に凍死していた。



 姉妹は恵さんの月7万円程度の障害者年金で暮らしていて、料金滞納のためガスは昨年11月末に止められたままだった。(2012,1,16産経新聞)



私はこのようなニュースは忘れ去ることはできない。大阪豊中市でも60代の資産家姉妹が孤独死したというニュースがあった。なんともやるせない。

田舎では井戸水を利用したり、薪を燃料にできるかもしれないが、現代の都市部での生活は、電気・ガス・水道のライフラインなしでは成り立たない。この寒波の厳しい冬に、命綱ともいえるこれらの供給が切られたら、誰が考えても死んでしまうことは想像できる。しかし供給元である役所や、ガス・電力会社は滞納者に対しては容赦なく供給をストップしてしまう。それは払わないのが悪い、と言われるかもしれませんが、彼女たちは「払わない」のではなくて「払えない(不可能)」のではなかったのでしょうか。役所や公的な事業をやってる会社も冷たいですね。



税の滞納処分というのも酷いですね。すぐ差し押さえますね。私の友人は、久しぶりの集金が振り込みされた、といって喜んでいたが、口座から国民健康保険の滞納分を引かれてましたよ。喜びが怒りに変わったのは言うまでもない。

駐車場にわっぱの付いたタイヤが置いてあった。これも滞納によるもので、全額納付すれば、わっぱを外してもらえるのだそうだが、この車の持ち主は余程急いでいたのか、悪知恵の働く人だったのか、タイヤを外し、予備のタイヤで走り去ったのでした。あ、そうか、あとでオートバックスでタイヤを一本買えばいいんですね。勿論、払わない人が悪いのですが、役所は最終手段をあまりに安易に使いすぎではないか。能がない。自動車くらいならまだいいとして、人間の死に係ることではありませんか。簡単に命綱を切ってしまう神経がわからない。




私の学生時代、東京では隣は何をする人ぞ、誰が何をしているか分からない、隣人に干渉しないなどと言われたが、そうでもなかった。隣近所で味噌・醤油・お米の貸し借りをしていた。私たちも大分助けていただいた。お金がないなら、うちの主人の仕事のアルバイトをしなさい、と階下のおばちゃんが言いに来た。私の後輩はこのアルバイトに行ったが、その日は途中から雨が降って仕事にならなかった。それでも1日分の日当をもらってきた。確か井戸を掘るお仕事でした。「うちの主人(ひと)はあんたらのように学はない、飲んだくれだけど、定規も何も使わずに井戸を真ん丸に掘ってゆく、あれだけは立派だよ」とおばちゃんが言っていた。



おじちゃんは怖い人でした。夜中の2時ごろ音楽を聴いていたら「おまえら、今何時だと思ってんだ!」と怒鳴り込んできましたよ。同居していた先輩は「よかった」と言った。「音楽を丁度聴き終えたとこで、これが曲の途中だったら頭にくるよね。」話が逸れたが、周りは人情であふれていた。




これは戦後、正式には無くなったことになっているが、隣組制の名残ではなかろうか、と思う。向こう三軒両隣、ちょうど6世帯くらいの単位があったんですね。江戸時代には五人組制、古くは律令制下の五保制というのがあった。これらのおかげで日本人が組織力を発揮できたのでしょう。これらは相互監視、連帯責任制とか言われますが、相互扶助が大きかったのではないか。昔から「三人寄れば文殊の知恵」と言われるように、隣組内で知恵を出し合ったのではないか。少なくとも、組内で餓死者や孤独死者をだしたら恥であったことでしょう。今後も災害時にはこのような最小単位は必要であることは言うまでもありません。当然、今の時代に合った隣組でなければなりませんが。



おじちゃんが怒鳴り込んできたときに聴いていた曲は↓これでした。








人気ブログランキングへ
[ 2012/02/10 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

空気を読む


人気ブログランキングへ



本日は北方領土の日でした。2月22日は竹島の日です。私はこれらについて、一日本人として、腸が煮えくりかえるくらい腹立ちます。冷静になってこれをクリックしてみてください。



      みんなで考えよう 私たちの北方領土



さて、空気の読めないひとのことをKYと言った。ちょっとした流行語になったことは、私でも記憶している。KYなひとはお笑いのネタになり、どちらかというと蔑まされた。一方、空気の読める人のことは褒め称えられもしなかったが、話題にもならなかった。

空気が動けば風になるが、「風を読む」ともいわれる。いつも風上の方を向いている人、日和見的な人のことを「風見鶏」と揶揄される。私は空気や風を読むことは大事なことだと思いますけどね。空気を読むということを分かりやすく書いてある文章に出会いました。




伝染は、従来は「おなじ場所にいた」ということだけで起こるスピリチュアルな現象を指していた。現代では、それは生殖細胞の遺伝子や、細菌やウィルスといった眼に見えない生物、特殊な物質のガスや粉末が呼吸器や消化器や他の粘膜を通じて身体に入りこむこととして説明される。

しかしながら、火災や事故でパニックになったり、催眠商法のように狭い会場で興奮状態になったりする社会心理的現象がある。あるマーケッティング理論では、一部のひとの消費にならって一斉にひとびとが買いはじめる現象を「伝染」と呼ぶ。親しいひとの仕草や笑いかたがうつったり、対面しているひとと同じように腕を組んだりあくびをしたりするということもある。これらもみな、一種の伝染である(空気を読むこと=空気伝染?)。━━━人間は息をのみ、ことばを失うときは、みな伝染によって行動するのである。(船木亨「進化論の5つの謎、いかにして人間になるか」ちくまプリマー新書)




著者の趣旨とは別に、私なりの解釈と理解で、都合のいいところを引用しました。著者は?をつけているが、私は空気伝染の様子をみることが空気を読むことに他ならないと思う。人間は真空状態では生きられない。いつの時代にも空気は存在していた。

花粉が風に運ばれて受粉する風媒花というものがあるが、これも伝染の一種でしょう。受粉すれば、当然結実し、いずれ芽をだし、そしてまた花を咲かせる。ところが日本の戦後66年はこのような綺麗なものに例えられない。伝染の大きな媒体はマスコミであり、同時に感染源でもあった。いまさらここで例示するまでもないくらいである。







2007年に出版された、瀬戸先生の著作であるが、私も購入させていただきました。「うさぎ屋」と貼ってあるところには、私の本名がフルネームで書かれてある。それで、共に頑張れたかといえば、私は自信がありません。

この本の第一章もマスコミ批判です。そのころの”事件。”

「毎日新聞・在日記者、朴鐘珠が佐賀県知事にかみつく。

天皇皇后両陛下におかれましては、『第26回全国豊かな海づくり大会』に御臨席、併せて地方事情ご視察のため御来県になります。

毎日新聞記者:今回の行事に、天皇と皇后が佐賀に来ることの意味ってなんですか。」ですって。




よくもまあ、左翼がかった反抗期の中学生のようなことを言って・・・この一件からして、毎日は我ら日本人が購読するに値しない新聞であることは確かです。にもかかわらず、新聞社の誰かが責任をとって辞めたという話も、発行部数が大幅に減って潰れたという話も聞かない。毎日に限らず、マスコミ各社は憎まれっ子世にはばかる様で、大手を振って 歩いている。あのとき、敵が新聞であっただけに、我らも「読み」が甘かったのかもしれない。駄洒落を飛ばしている場合ではありません。空気に対する読みが甘かった。




人気ブログランキングへ
[ 2012/02/08 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

沖縄防衛局長の講話


人気ブログランキングへ



今日は暦の上では立春、春の気が立つということでしょうが、相変わらず寒い毎日です。一昨日は鹿児島でも雪が降りました。積もることはありません。陽射しがあるときは、身の引き締まるような冷気が心地いいのですが、日が陰れば私は頭痛がするくらい猛烈に寒い。となれば、逃避の一種でしょうが、どうしても楽しいことを考えてしまう。



真部局長「特定候補に肩入れ認識なかった」

防衛省の真部朗沖縄防衛局長は3日午後の衆院予算委員会集中審議で、沖縄県宜野湾市長選(12日投開票)をめぐる「講話」について、自身が発案し職員に指示したと説明した。本省からの指示は否定した。



 そのうえで「講話」について「誤解を招く部分があったことを反省しなければならない。どちらかの候補に肩入れするとの考えや認識は全く持っていなかった」と釈明した。(2012.2.3 産経新聞)




市長候補二人とも「県外移設」を唱えているというから、防衛局長の「どちらかの候補に肩入れするとの考えや認識は全く持っていなかった」という発言は正しい。職務上、選挙運動をやってはいけないということを一番知っているのも国家公務員諸氏であるから、局長の講義の内容も下手なことはしゃべっていないと思われます。このような講話は今に始まったことではなくて、恒常化していたという。それがどうして今回大騒ぎになったのでしょうか。



昔は沖縄防衛施設局長という方が矢面に立っていたが、防衛庁が防衛省になるときに沖縄防衛局に統廃合されたのでしょう。防衛省として、防衛について広く国民に啓蒙・広告をする大事な仕事があるのだと思う。国防意識の高揚と言ってもいい。

財務省が納税の大切さを説いたり、最近では総務省が地デジ移行をPRした。法務省も人権擁護意識高揚の広告をする。防衛省だって講演会をやって当然でしょう。会の最後に局長が短い挨拶をすればいい。ただし、「選挙に行け」というような、疑いをもたれるような発言は一切してはならない。

「えー、選挙も近くおこなわれるということで、皆様お忙しいところ、ご参加くださり、まことにありがとうございました。」この程度で、出席者はすべて理解するのではないでしょうか。

できることならば、講話ではなくて、高僧を招いて、「法話」でもいいではありませんか。局長は例によって最後の一言だけでいい。どうせ参加者は防衛局関係者、隊友会、土木建設業者、その下請け、ご家族・親戚、etc.といったところでしょうからね。




田中直紀防衛相も面白い方ですね。委員会を抜け出して、何をしていたかと言えば、なんと国会食堂でコーヒーを飲んでいたという。そんなに飲みたかったら、委員会室にコーヒーの出前を頼むとか、自分でポットを持ち込むとか、考えは思い浮かばなかったのでしょうか。

先日TV番組で三宅久之先生がおっしゃってましたが、直紀さんは国会の「三大巨根」のお一人なのだそうだ。私はこの話を聞いてから、直紀さんは憎めないひとになりました。私のどの時代にも、こんな男が周りにいました。動きは鈍いがとにかく人はいい。そして彼の一物には誰もが一目置いている。牛乳瓶やビール瓶にたとえられ・・・。逆に「三大粗チ○」なんてのもいました。そもそも粗○ンの定義は何だ?といって議論も盛り上がった。このような話題になれば、「24時間闘えますか」のリゲインではありませんが、私は48時間ぶっ続けでしゃべり続けられますが(大笑)、これはまた、股、またにしましょう。



直紀さんはご家庭でも、そうですね応接間あたりで奥様に怒鳴られて、スーッといなくなったかと思えば、キッチンでコーヒーを飲んでいる。そして奥様の怒りが鎮まったころに、やおら出てゆく。事なきを得るわけですね。憎めない、愛すべき男性なのでしょう。ただし、奥様にとって。

勿論、こんなこと国会でやってもらっては困ります。



自衛隊を国軍、国防軍と呼ぶべきだという人がいる。私も実体としてそうあるべきだと思うし、或いは陸軍・海軍・空軍という呼び方でもいい。あくまでも私の個人的心情からすれば、「皇軍」がいい。週末は、こういう夢を見て過ごします。

みなさま、良き週末を!




人気ブログランキングへ
[ 2012/02/04 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)