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休眠預金の活用


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当地は今日は灰交じりの雨だす。え~、気象衛星アメダスに掛けたつもりでしたが、あまり面白くありませんだすた(笑)

灰も桜島上空の風向きによって、暖かい時期には鹿児島市内の方へ降ってくる。そろそろ温かくなってゆくのでしょうか。「寒の戻り」とか「忘れ雪」ということもありますので、もう一度寒くなるのかもしれません。雪深い地方にお住まいの方には申し訳ないような気がしますが、それにしても、もう間もなく当地は温かくなります。

さて、大分前です、こんな記事がありましたが、ご記憶にありますか?




「休眠預金」成長戦略に活用 政府が検討開始、銀行業界は猛反発

政府は15日、「成長ファイナンス推進会議」(議長・古川元久国家戦略担当相)を開き、金融機関で10年以上お金の出し入れがない口座の「休眠預金」の一部を日本経済の成長戦略に活用する検討に入った。雇用創出や新たな産業の育成につながる起業の支援などを想定している。会合後、古川国家戦略相は「直接的に東日本大震災からの復興に使うことはないが、支援する企業が被災地にあれば、復興につながる」と述べた。ただ、銀行業界は活用に強く反発しており、実現には課題も多い。



 休眠口座は10年以上お金の預け払いがないまま金融機関に放置され、預金者と連絡が取れない口座。銀行預金の場合は、商法の規定で5年間、信用金庫などは民法の規定で10年間、取引がないと預金者は権利を失う。ただ、権利喪失後も預金者の請求があれば払い戻しに応じている。



 金融庁によると、休眠預金は銀行や信用金庫などを合計すると毎年約850億円が新たに発生し、うち約350億円が払い戻されている。残りについては、口座管理費用などを除いた上で、ひとまず収入として計上している。



 これまでも政府内に休眠預金の有効活用を求める声があり、同会議で検討に着手した。古川国家戦略相は会合後、「日本が成長していくためのお金の流れをいかによくするかを考えいく」と述べた。



 英国などでは休眠預金の一部を財団や基金に移し、福祉事業への支援などに使っている。会議ではこうした事例を参考に、第三者機関が設置する基金に休眠預金を繰り入れる案などを検討する。



 これに対し、銀行業界は「休眠口座は20年程度取引がなくても、突然引き出される場合もある」(大手)などと強く反発している。



冬眠ならばいつかは目覚めるのでしょうが、休眠は何もしないで放置しておけば、いつまでも休眠状態なのでしょうね。

これも一人で100万とか1000万円単位のお金を20年も放置している人はまずいないと思われます。預金者にとっては、個人差はあるにせよわずかな金額なのでしょう。通帳や印鑑やキャッシュカードなどを紛失してしまい、とっくに忘れているのではありませんか。勿論、お金の所有者は預金者であることには間違いないのですが、10年で銀行から通知を受け、さらに10年後に通知されても何もしなかった預金者のお金は、無主のお金として国庫に入れるべきではないでしょうかね。そして、その金は今だったら震災復興ですが、若者の就職や子育て支援等に使えばいい。

最近は虚無人名義の預金口座はできないのだから、銀行も通知はできるはずです。これまでは銀行が運用し、収入にしていたというが、これこそ言葉は悪いがジャイアント猫ババではありませんか。万が一、30年後に請求があったら、その時は銀行を通じて国から還付を受ける、ということになる。



つい最近、昼食を食べに行った喫茶店で、週刊誌をパラパラとめくっていたら、いいことが書いてありました。

「ファンドマネージャーで年1億円稼いでも、周囲の人から尊敬されない。」

町の金貸しにちょっと(ほんとはいっぱい)毛の生えたような銀行業も、社会に少しは貢献する格調高いお仕事になればいいではありませんか。”銀行業界は猛反発”ですって、どこまで銭ゲバなんですか!



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[ 2012/02/28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

日本一の大楠

本日は所要で蒲生町に行った折、蒲生八幡神社に参拝した。御祭神は仲哀天皇、應神天皇、神功皇后。武運祈願でしょうが、健康・長寿祈願もされているようでした。日の丸がはためいている瞬間を撮れて幸運でした。







日本一の巨楠の威容。楠は山などに自生はしない、とどこかで見たが、1500年前に誰かが植えたのでしょうか。根の周りを踏みしめないように、周囲は木造の回廊になっている。画中に人や犬でも写っていれば大きさも比較・実感できるのでしょうが、ね。








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じっくりお読みください。クリックで拡大できるはずです。思い出しましたが、ランキング応援クリックの方もよろしくお願いしておきます。





さて、いかにも私らしいのですが、地元特産品売り場の「くすくす館」に立ち寄り、椎茸の原木を二本買いました。なんと一本500円でした。勿論、大きさにより600円のものも700円のものもありましたが、800円が最高値のようでした。私が買ったので、もう売り場には500円は無くなりました。レジで係の人たちが「えっ?500円でしたか、安い」と言う。

「そうよ、これが鹿児島市内のお店なら一本1200円から1500円するね。」

「あ~、そうですか、うちも1000円くらいで売ろうかな。」

「いや、そりゃ酷い、それはいかん、800円で売りなさい、飛ぶように売れるはずよ。」

「お客さん、今お買いになったこれを、うちの店の前で800円で売らないようにしてくださいよ。」

「な~にを馬ー鹿な、ほんじゃ、どうも」








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[ 2012/02/27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

オセロの黒と白







わが家に咲いた梅の花。花よりも梅干し用として植えて、もう十年になる。梅と杏子を掛け合わせた豊後梅というものだそうだ。大実が生るが、花の色も紅梅と白梅の中間、よりも白寄りのピンクかもしれないが、美しい。



家にありける梅の花のちりけるをよめる  つらゆき

暮ると明くと目かれぬものを 梅の花 いつの人まにうつろひぬらん

日が暮れるとて見、夜が明けるとて見て、いつも花から目が離れないでいるのに、人の見ていない間に花はうつろうのだなあ。



題しらず                よみ人しらず

ちりぬとも香りをだに残せ 梅の花 恋しき時の思ひいでにせん

これは読んだその通りでしょう。かつて愛したあの女性、梅の香のように思い出される。私個人的にはこのような解釈もありですが、TVの「演歌の花道」のナレーションみたいですね。



昨日のお昼すぎ、ダイエーの2階の書店で二冊買った。「カバーをお付けしますか?」と丸々と太った女店員さんが言う。女店員さんがポッチャリ型だろうがアンコ型だろうが、どうでもいいのだが、その容姿は今でもはっきりと覚えています。「いや、この分はいいよ」と私は断った。言ってしまったとたん、あれ?こんな言い方おかしいかな、あの分とかこれから先の分はこの場で関係ないのにな、と考え込んでしまった。私は文庫本には必ずカバーを付けてもらうから、今回の分は文庫本ではなかったからでしょうけどね。

考え事をして歩いたのでしょう。ふと周りを見れば、1階の食品売り場の片隅にいた。エスカレーターを利用したのか、階段だったのかエレベーターだったのか、とにかくどうして1階まで降りたか全く記憶にない。一瞬、ここはどこですか、と目の前にいる人に訊きたい衝動に駆られた。出口の方向もわからない。日常の些細なことですが、こんなことってありませんか?

やっと外へ出て、横断歩道で信号待ち、いつもは待っている間にスクワットをするのであるが、その時はそんな気は起きず、愕然として電柱に寄りかかり、煙草に火をつけた。




そんな訳で、前回の稿でも話に盛り込むつもりでいたものを、結構書き洩らしているんですね。

あの背中にお絵描きしたおいちゃんは、斬った張ったのうつせみの世で、自然と身に付けたもの、学んだものがあるのでしょうね。たとえば、神は人間を創りたもうたというが、実際は人間が神を作った、というようなことを。




オセロの黒・中島と白・松嶋であるが、私は白はどうも好きになれない。はっきりとした理由はないが、白と同じ部屋に10分と一諸におれないでしょうね。私のことですから「いいから、あっちいけ!」と言ってしまいそうです。その点、黒はまる一日でも一週間でも一緒にいて飽きることはないでしょうね。通販などのTVコマーシャルではないが、あくまでも個人の感想ですよ。

黒に向かって「ちょっとこっちへキンセンカ、わたしゃあんたにホウレンソウ」なんて言っても彼女には通じるような気がする。面白いかもしれない。柳亭痴楽なんて、60代以上のご婦人方でないとご存じないでしょうね。「あら、おもしろい、うささん好き!」な~んて、60代以上のご婦人方ではなくて、黒さんのお口から。勿論、私は60代以上も大歓迎なんですよ。何歳になっても異性に関心を抱かれる女性は魅力的ですね。この私めも何言ってんだか(笑)




かなり前から、黒と白についてずーっと考えてきたことがあって、一週間くらい前ですか、ローカルテレビで原口泉先生が黒白について話しておられたのをチラと見た。CMだったのか番組だったのかわかりませんが、偶然に、ほんのわずか1分くらいでした。え、原口先生とは、前鹿児島大学教授で、「篤姫」やその他何でしたか、NHK大河ドラマで時代考証をなさった方です。

長州の白は白米のイメージで、薩摩の黒は黒糖のイメージというようなことを仰っていた。



幕末、戊辰戦争で薩摩・長州・土佐等いわゆる官軍は、会津をはじめ東北・奥羽連合国を攻めた。その時に隊長クラスが頭にライオンのたてがみのような被り物をしていた。この名称は私は知りませんが、各藩で色分けをしていたんですね。薩摩は黒、長州は白、土佐は赤でした。この色を当時の人たちがどのように決めたのか、私の不思議のひとつでした。チームカラー、藩のイメージカラーだったのかもしれません。



薩摩は黒糖をほぼ独占していたのだから、黒のイメージはあったかもしれません。黒豚、黒毛和牛、黒酢、黒薩摩焼(陶器)、大島紬も黒かな、黒焼酎などありますが、次は地ビールで黒ビールがでるのだろうか、と思っていた。そしたら、数日前にアサヒスパードライがブラックを発売しましたね。日本では黒ビールのシェアがわずか2パーセントだそうで、そこを伸ばすのだという。さすがアサヒですね。余談ながら、かつて独禁法すれすれであったキリンダントツのビールのシェアも、私の生きている間に変わることはないだろうと思っていたが、アサヒはひっくり返しましたからね。

それにしても、土佐藩の赤色は全く見当がつきません。

ですから、薩摩人の私としては、黒か白かといえば、黒に心惹かれるのかもしれません。



さて、オセロ松嶋さん、独断と偏見で書きましたが、お気を悪くなさらないでくださいね(笑)




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[ 2012/02/26 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

オセロ中島知子

私は知子さんが好きです。どーこがじゃ、何がじゃ、どーうしてじゃ、などと言われても、とにかく好きなものは好きなんです。・・・だから好きだ、と理路整然と説明できる段階を超えて、「恋は盲目」と言われますが、ほんとに好きになればどうして好きなのかわからなくなるのでしょうね。私は恋している訳ではありませんが、彼女は好きな女性タレントの一人です。



ワイドショーによれば、相次ぐ失恋に激太り、そして自称霊能者・占い師・脚本家・官能小説家との同居ということらしいですな。家賃滞納もありました。彼女を振った大物歌手とは誰でしょうかね。現在は病気なのか元気なのか、彼女に会った人はいないのだから、全くわからない。

兆候はあったようですね。知子さんは携帯で電話した後「今日は赤い下着でないと仕事ができない」とか、「ロケ地は方角が悪いから行けない」などと言った、と伝えられている。相方の松嶋のことも「顔も見たくないくらい嫌い」と言ったということですが、昔の彼女からすれば、とても信じられないですね。



彼女はマインドコントロールされているのだそうだ。それで、TV番組の中ではマインドコントロールについて解説していた。健康カルト、自己啓発カルト、宗教カルト、それともう一つは何でしたか、私の記憶に自信はないが、金儲けか性的だったかもしれない。だとしたら、早くコントロールから解けてもらいたいもの。




突然話題が変わりますが、先日私が経験したことを知子さんに教えてあげたい。

私も毎年のことであるが、この時期、気分が滅入るのです。気晴らしに、夜中の1時ごろからスーパー銭湯に行く。どこの温泉にも「入れ墨のある方の入浴お断り」と貼り紙がしてあるけど、街中の銭湯のこの時間帯には結構そのようなお方をお見受けします。私は入れ墨が悪いとは言わないが、彼らは墨を入れるときに、以後銭湯には行かない、という強固な覚悟は持たなかったのでしょうかね。

中にはOBというのでしょうか、老侠客という雰囲気の人もいます。私の前を横切る時には手刀を切ってゆく。そして散乱した手桶などを率先して片付けていましたね。背中の筋彫りさえなければ、ご町内の好々爺です。正式名称は筋彫りなのかわかりませんが、絵の輪郭だけを彫ってあるんですね。私の友人に言わせれば、痛くて途中で止めてしまった意気地なし、なのだそうです。私が思うには、お金が続かなかったのではありませんか。でもこういう人に限って、いざとなれば、「おい、婆さんや、あれを出せ」と言うんでしょうね。すると老妻はタンスの奥にしまってある白鞘の日本刀を持ってきて、「さ、おまえさん」、な~んて勝手な想像をしていますが・・・。雨の降る夜、老侠客は白鞘片手にひとりで出て行った。後でそれを知ったサブは路地へ飛び出す。「親分!」・・・そこで流れてくる曲は絶対に↓これですね。








話がちょっとだけ横にそれましたが、私がサウナに入ったら、先客が二名いた。腕に少しだけ筋彫りのある若い男と恰幅のいい50歳前後のおいちゃんであった。おいちゃんの背中にはそれはそれは立派な虎が咆哮していた。私は咄嗟のことでUターンして出るわけにもゆかず、また、二人を避けて隅の方に座るわけにもゆかず、仕方なくおいちゃんの隣に座りましたよ。

虎「何の仕事をしているの?」 若「営業です。」 虎「上司はその刺青のことを知ってんのか?」 若「いつも袖の長いのを着てますから、知りません。」 虎「なんで仕事のことを聞いたかというとね、たまにワシの仕事を手伝ってもらおうと思ってね。」つづけて虎「ワシは○○組の頭のひとりだ。○日の新聞に載ってたやろ、30万円の罰金を払って出てきた。」さらにつづけて虎「ワシも昔は何人も若いモンを食わしていたけど、今は無理、何かある時だけでいいからアルバイトに来ないか。」

銃刀法違反で留置所にいたことなど話してました。怖いですね。でもすごくいいことも話していた。以下、おいちゃん語録の要旨。



世界中、宗教で争ってるだろ。キリスト教とアラブとかイスラムのあれは何教か、あ、イスラム教か、あんなのは何千年も前の人が言ったことだろ。あんな何千年も前の教えを今の大学を出た頭のいい人たちがなぜ信じるのだろうか、ワシャわからん。アメリカのあれは何だ、オバマ大統領もキリスト教徒か。まだコンピューターではじき出したものを信じるのならわかるけどな。ワシも子供のころは創価学会だったけど、あんなもん、インチキというのがすぐわかったよ。ワシは幽霊は信じるけど、うふっ、宗教なんて信じない。

あくまでも、おいちゃん語りき、です。



世の中には、悪霊がとり憑いているから除霊してやる、という除霊商法というのもあるそうです。霊を信じる信じないは別にして、このおいちゃんは悪徳霊能者の鴨にはなりそうにありませんね。

ところで、中島知子さん、長々と書きましたが、参考になりましたでしょうか(笑)





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[ 2012/02/23 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

光市母子殺害事件判決

紀貫之「土佐日記」には、子を亡くした親の「悲しみに堪えかねて」詠んだ歌が多い。



なかりしもありつつ帰る人の子をありしもなくて来るがかなしさ

(行くときはいなくとも、帰るときには連れて帰る子、それが普通なのに、あったのに亡くして帰るその悲しさよ。)



生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ

(ここで生まれた幼い人も帰らないのに、我が家にその間に育った小松があるのを見るのは、なんとも悲しいものだ。)



見し人の松の千歳に見ましかば遠く悲しき別れせましや

(亡くなったあの子を松の千歳にあやかって、長生きするものと見たかった。そうだったら、何でこんなに遠く、悲しい別れをするものか。)



この他にも、亡き子を忘れらるはずはないのに、忘れ貝や忘れな草を詠んだ歌もある。古より、いつの時代にも子を亡くすことほど悲しいものはない。そしてそれが、鬼畜のような男に無残に殺害されたとしたら、ご遺族の心中いかばかりか、私は想像だにできない。

世が世なら仇討ということもあろうが、仇討の制度はとっくに廃止されている。勿論、被害者のご遺族が自力で犯人に制裁を加えることもできない。法による裁きによるしかない。今回、最高裁は犯行時18歳1か月の男に死刑判決を下した。

四人の裁判官の一人は反対だったという。その理由は、我が国の法では18歳未満のものには死刑は科さない(無期懲役まで)ということだが、旧姓福田某は少年期に母親の自殺死体を見たり、父親から虐待を受けていて、発達でしたか成熟でしたか、どのような表現だったか、とにかく遅れていて、知的・精神的には18歳の水準に達していない、というものだった。情状酌量の余地ありでしょうか?これに対して裁判長は、そのようなものを判断する基準はない、ということだったと思う。



私は「18歳未満」というのがキーワードだと思う。手続法などでは、たとえ1日でも未満、或いは足りていても、厳格に対応すべきと考える。しかし極刑を科す場合にはいかがなものでしょうか。知的障害者もいるでしょうし、各人の育ち方は一様ではない。たとえば年齢が18歳6か月だとして、体躯は立派な大人でも実際の知的精神的レベルは15歳だとしたら、もし死刑を執行すれば、国家による無益な殺生のようで後味の悪いものでしょうね。国民にも殺生感がつきまとう。

「国家による・・・」などと書けば、すぐに”左翼”と短絡される恐れもありますが、左翼も右翼もないんです。道徳、倫理、人道、まあ、このような問題でしょうね。

確かに裁判長のおっしゃる通り「判断基準」は今はないことも事実です。また、死刑は犯罪の抑止になるとも言われますが、人間の生き方として、極刑で抑止される、というのも何か変ですね。はっきり言って、国家が道徳教育を怠ってきたのではありませんか?人を殺めてはいけない、他人の物を盗んではいけない、嘘をついてはいけない等々。これには教育現場、家庭のしつけも当然含まれる。



話は変わるが、鹿児島にかなり昔から「三育学園」という私立の小学校がある。そこを通りがかった時に看板を見れば、三育とは「知育」「体育」「徳育」とある。なんだか知育優先で、徳育が疎かにされているような気がします。18歳、高校卒業までにその段階に応じた道徳教育をすべきですね。これが判断基準となるのではありませんか。基準を満たさないものは進級はおろか、社会に出してはならない。

教育内容の一つに、人を愛し・・・国を愛する心の涵養、当たり前じゃありませんか。







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[ 2012/02/21 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)