FC2ブログ

北の花火大会

きたる4月15日、金日成生誕100年記念の大花火大会が開催される。これは天候不良、つまり

雨天順延はあっても必ず開催されるでしょう。でないと正恩大将の威信は失墜してしまうことになるでしょうから。それに、先代の遺訓に「核保有」というのがあるそうですから。



私は街の一生活者としての情報しかないが、そんな私でも一連の流れを見ていて、なんか変だなあと思うことが多々あります。北の実験はは成功するか失敗するかは別にして、(私は失敗すると思うが)確実にやる、と分かっているのに、日・米・中・露・韓は止めろと言っている。正確には「自制を促す」でしたか。そもそも本当に止めさせる気があるならば、中の鶴の一声で可能なのではありませんか。中朝国境の物流を止めれば、朝は自壊の道を転げ落ちることでしょう。北は18世紀前の世界に戻ってしまいます。

米国だって、食糧援助をストップするという手もあれば、ミサイル発射台をピンポイントでミサイル攻撃という強制力だってあるはずだでしょう。イスラエルなら確実に爆撃しますね。



ところで我が国の首相であるが、韓国で行われた核安全保障サミットに遅れて出席して、おまけに早退して帰ってきました。さすがに、自民党議員から「子供が言いそうなお粗末なことで日本の恥」とまで言われてしまいました。突拍子もない話ですが、ゴルゴ13は待ち合わせの場合には必ず5分前にはその場に行っています。これがプロの仕事師というものでしょう。小学校の一番近くに住んでいる子が遅刻するようなものでしょう。早退だって、韓国紙によれば、竹島は日本の固有の領土という文科省の教科書検定の結果発表の2時間前だったというではありませんか。この人は何をしに行ったのでしょうかね。



日本ではこれに備えて、地対空誘導弾(PAC3)を配備するという。具体的な場所までも特定された報道である。ここまで言っちゃまずいのではありませんか。北は「宣戦布告と看なす」と言ってるんですから、北の応戦、或いは先制攻撃ということはないのでしょうか。格好な攻撃目標となってしまいます。北の反撃は無い、あり得ないという前提で各国は動いているかのようです。それとも我が国では情報統制でもして、別の場所を報じているのでしょうか。



”人工衛星”の破片でも落下すれば人命に関わる、と言われるが、実は日本は迎撃するはずはない、できない、と北は読んでいるのではありませんか。物理的に不可能、また日本国内にこれに反対する人々が現われるから、という理由で。案の定、反対を主張する人々が出てきました。ちょっと早すぎました。どうせならエイプリルフールにしてほしい。破片などではなく、ミサイルそのものを撃ち落とさなければならないというのに。



そういえば、このような事態となって、6か国協議は今まで何もやってないに等しいのではありませんかね。どうも大国間(米中)あたりでシナリオが出来ているような気がしてならない。緊迫感のない黙認、暗黙の了解事項として、とりあえず正恩体制でやらせよう、と。




例の核安全保障の会議でオバマがメドベージエフに話しかけた時に、たまたまマイクがONになっていて報道陣の知ることになった。オバマが小声で「私の最期の選挙がある、11月以降は柔軟性を持つから」と言ったら、「分かってます、プーチンに伝えておきます」だって。

これは氷山の一角であって、我々の見えないところではヤラセとか何か筋書きの書かれたものがあるのではないか、と勘繰ってしまいます。それで、花火大会以降、南北の非難合戦はあっても、基本的には今までとなんら変化はないように思われます。





人気ブログランキングへ クリックだけはお願いします。
スポンサーサイト
[ 2012/03/30 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

さくら、さくら、桜





甲突川河畔の桜。今度の日曜日くらいが満開、花の見ごろではないかと思われる。私は午後2時ごろにここを通りがかった。花見客がブルーシートを敷いて、かなりの数、夜のための場所取りをしていた。この時間にどのようなお仕事の方々でしょう、と想像してしまうのですが、中にはスーツを着た人たちが数人どっかりと腰を落としていた。シートが風に飛ばされないように、重石代わりに座っているようにしか私には見えない。







大勲位・松方正義像の左下にその人たちが写っていました。私の勘違いだったのかなあ、学生さんぽいですね。物体(重石)ではなかった、人間でした。











我に奇策あるに非ず、唯、正直あるのみ。

いい言葉ですね。不肖うさぎ屋もかくありたい。



ところで、「正直」で思い出しましたが、東京電力という会社は何ですか、韓国企業ですか?

すでに報じられているように、大口契約者に対して17パーセントの電気料金値上げを通告してきたんですね。それに応じない企業には他の電力会社(新電力)を紹介するのだという。東電と契約しなければ、いずれは供給ストップということになる。

新電力会社も送電網は持たず、送電線を東電から高額で借りるから、電気料金はそれほど安くはない。



東電は自社の財産を処分するなり、リストラなりの企業努力はしたのでしょうか。それでいて、債務超過を回避するために1兆円の公的資金の導入を国に申請している。さらに原発事故の賠償費用約8500億円の追加支援。総計3兆5000億円にも上る。簡単に国から、と言いますが国とは我ら国民の集合体ではありませんか。よく東電の殿様商売と言われるが、かつての「親方日の丸」「護送船団方式」よりもタチが悪い。桜咲く美しい日本には似つかわしくないような、まるでチョンさんみたいじゃありませんか。



この冬も何人の人たちが電気を切られて孤独死をしましたか。命綱ともいえる電気をいとも簡単に切りやがって・・・血も涙もないではありませんか。私はリタイアしたら、電気・ガス・水道料金を払わずにそれらをストップされてもなお生きてやろうと思う。将来、「平成の岩窟王」と呼ばれ、ワイドショーで放映されたら、それは私でありますので、ご記憶ください。お前らが供給ストップしても、俺は痛くも痒くもない、てやんでい、と言ってやりますよ。

時たまゴミ屋敷の住民が話題になりますが、実は、私は頑固な主張という点で彼らに共感できる面もあります。勿論、ご近所迷惑は絶対によくありませんが。



え~と、何の話でしたっけ(笑)

正直な国民が馬鹿を見る世にしてはならない。





人気ブログランキングへ ランクアップにご協力ください。
[ 2012/03/29 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

知覧へ行こう(4)

鹿児島ー台北定期便就航しました。地元TV局各社は台北にクルーを送り、今夕のTVはどこを見てもさながら台湾特集であった。就航レセプションの様子を伝えるものが多かったが、宜蘭県を紹介したものもあった。私の曖昧な記憶では、この県は台北から車で30分といってましたか、鹿児島と縁が深いところだそうだ。



宜蘭の初代庁長は西郷隆盛の息子・菊次郎が5年間務めたそうだ。現地のガイドさんがおっしゃっていましたが、その時に学校、上下水道、道路などを造ったという。なかでも2キロメートルにも及ぶ堤防は今も在り、洪水を防いでいるのだそうだ。日本軍の格納庫の跡もありました。神風特攻隊の慰霊碑もありました。鹿児島のTV局のアナウンサーが、「特攻の基地は鹿児島にも知覧や他にもいくつかありますよ」と言えば、「そうですか、知覧にもありますか」と地元のガイドさん。



私はふと考えたのですが、来年の5・3は知覧の慰霊祭の後、台湾へ飛ぶということもいいかもしれませんね。鹿児島から台北までは2時間だそうですから。








昔も今も、日本の若者たちの任務に対する志は清く尊い、そして美しい。特攻を美化してはならない、という人もいますが、私は我らの祖父母や父母のやってきたことを美化してどこが悪い、と言いたい。


人気ブログランキングへ クリックお願いします。

[ 2012/03/28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

アイヌ民族党、その後!

私の友人のKさんの素晴らしい文章を紹介したい。Kさんは北海道道民にして”花の23年組”。そして渓流釣りはプロ並みの腕前。はたして渓流釣りにプロが存在するのかどうだかわかりませんが、一流ということでご理解いただきたい。釣行は単独行であり、釣り糸を垂れ、何を思いながら川面を見つめていらっしゃるのでしょうか。私の軽薄な趣味人としての推測では、それはもう「無心」であるに違いない。うつせみの世の苦悩をしばし忘れることでありましょう。その後ろ姿から想像する、いかにもKさんらしい文章である。











アイヌ民族党は、予定通り札幌市の隣町の江別市民会館で結党大会が行われました。ニュースでは100名程の来場者と言われていましたが、テレビの画面を見たところそんなには居ませんでした?。鈴木宗男さんが仮出所したのが、影響しているのかな~?です。アイヌ問題が世間に出るたびに、私の心は複雑になります。北海道に生まれ、そして住んでいる以上は、彼らとは何らかの繋がりが生まれ、そして付き合いが自然に出来ます。小中学生の時にも、クラスに居ました。言わなくても判ります。ズングリむっくりで、毛深くて、勉強は出来ないし、喧嘩っ早いし、家は貧しいです。祖父の時代まで、川に鮭を獲りに行き、山にヒグマや鹿を獲りに行っていたのですから、文明開化だから勉強して農業をしろとか、会社員になれとか言っても,それは無理な相談です。何千年の昔から、漁労採集・狩猟をしてきたので、民族のDNAは直ぐには変われません?北海道の歴史を紐解けば、彼らが辿ってきた歴史は正直に悲惨です!平安時代に「平将門の乱」で、負けた兵三千人が蝦夷地に逃亡して、雪崩込んだのが始まりです。室町時代後期には「コシャマインの乱」があり、江戸時代の初め寛文9年(1668年)には、「寛文蝦夷蜂起」の「シャクシャインの乱」が有りました。二枚目の写真はシャクシャインの銅像で日高にあります。当時、蝦夷は和人が10万人で、アイヌは50万人でした。江戸時代の商人は、それは酷い連中でした!騙す、とに角騙す!彼らには文字が無い為、数字の概念も無い?それを好いことに、騙す商人がたくさん居ました。そうです、商人はあの地の方たちです。歴史上百戦錬磨の商人です!赤子の手を捻るより簡単でしたでしょう?最初は松前藩が差配していましたが、武士の商法でへたくそで、次第に商人に任せるようになるのです。騙す?あれですよ!始め、そして1,2,3~10終りです。結果10匹の代金しか支払わない!幾らなんでも判りますよ!そして、

米一俵の中身も次第に減らす?最後は半分になり、此れには、ほんとに怒っていました。最終的には、江戸幕府は松前藩に任せていては、蝦夷地はロシアに侵略されるとの危機感から、文化4年・1807年に直轄支配にします。前年には利尻島及び択捉島に彼らは上陸して殺戮を重ねています。一時期、松前藩は福島県に移封されています。それくらい、幕府には信用が在りませんでした。アイヌと仲良くしないで、搾取と圧政です!上の写真は津軽藩が知床・斜里に100名余を派遣(文化4年・1807年)して、一冬で72名が遭難死亡する事件の慰霊碑です。これも、アイヌの意見を無視する事から起きた事件です。アイヌの言葉を聞いて、越冬の準備をすればこんな事は起きなかったのです。つまり、アイヌを馬鹿にして、蔑んだ自業自得の事件です。アイヌの人が、食料や毛皮を持ってきても、追い返す有様でした。冬に着物姿では寒すぎます?当時は、地の果ての知床ですよ~!浮腫病や壊血病です。そして、凍死です?この事件は津軽藩にとっても恥ずかしい事件で、秘密にされていました。戦後の昭和29年に神田の古書街で、遭難事件を記録した「松前詰合日記」が発見するまで、故郷の津軽でも誰も知らなかったのです。また江戸の学者がたくさん来て調査をしましたが、彼らの助けが無ければ、何も出来なかったのですが、いかんせん彼らには文字が無い為、それらを証明する事が出来ません!間宮林蔵は満州まで調査に行き、「アイヌ錦」の交易場を見て、彼の地は清国が支配しているとの報告書が幕府に提出されております。多くの調査の結果、幕府は北辺防備が国家の重要事項と認識して、多いときは東北諸藩から四千名の兵を稚内からオホーツク沿岸に派遣していました。巷間、幕府は無能とかバカとか言われていますが、する事・遣る事はきちんとしていました。

少なくとも、今の政府よりは立派ですね!俳優の「宇梶剛士」さんは、アイヌ民族の出身です。彼の親戚は馬産地の日高に居ます。彼は新宿で生まれたそうですが、彼の母親「宇梶静江」さんの名前を左翼人士の中に見ると、私は辛くなります!また利用されているのか?騙されているのではないかと、気になるのです?江戸幕府も明治政府も彼らには何らその協力に対して、見返りをしていません!したことは「旧土人保護法」を施行して、鮭を獲るな熊や鹿を獲るな~です!そして、アイヌの若者15名位を東京に派遣して、勉強をさせましたが無理でした?慣れない土地の為、病死者が半数近く出て中止になり、其の慰霊碑が確か板橋区か豊島区にあります。また農地を給付するから農民に為れといっても、それも無理でした?何千年にも渡り漁労採集・狩猟民族ですから!其の農地も酒一升と交換という愚かな騙され方をしたのです。開拓史は戸籍を作成して、兵役は普通に行われました。父が旭川第七師団に入営したら、アイヌの人が多く居たと話しておりました。彼らも、203高地・ノモンハン・ガダルカナル・そして沖縄戦では800名の戦死者を出してます。それでも、彼らは一言も文句を言ってませんね!沖縄人のように金よこせなんて、一言も言ってません!ただ黙々と「日本人」としての義務を歴史的に果たしております。北方領土問題で、ロシア中央政府は言いませんが、下級政府は北海道はアイヌの土地で、日本人の土地ではないと叫んでいます!アイヌのお陰でこの地に住んでいるのが現実です。明治の頃、我らの祖父母の移民を受入れてくれたのです。アメリカインデアンのような戦いには、なっておりません。だからこの地は日本国になりましたし、ロシアの南下を防いだのは、彼らのお陰です。彼らのお陰で、津軽海峡が国境線にはなりませんでした?北海道の農林水産物がたくさん内地に送られるのは、彼らが我らの御先祖様を受入れてくれたからです。

そうそう、アイヌ民族党の党首は「萱野茂」の息子さんです。萱野茂氏は、むかし補欠で繰上げ当選した、社会党の参議院議員で、残りの任期を四年くらい勤めました。当時、アイヌ社会でも「社会党」で、いいのかと問題にはなりました!私も、当時それでいいのかと、思いましたが?



付記

アイヌ協会の幹部は、道民の相当数は何らかの形でアイヌの血を引くと話していますが、思い当たる事が身の回りにもあります。

むかしから、そう特に明治からは「シャモ」に騙されたと話します。シャモとは、「和人」を意味します。

 悲しいかな、蝦夷地には彼らの政権や王権は建てられていませんでした。ただコタン(集落)に住んでいただけです!法的に言えば、無住の地ですね。

ですから、何らかの形で感謝の意を表したいのですが、彼らは「金」「女」「酒」にだらしないのが、有名です?管理できないのが、本当ですね!

それにしても、幕府役人は素晴らしい仕事をしておりました。さすが、当時のエリート官僚は違いますね。公平無私で、そんな僻地まで出張ですか~?

よく幕末の幕府中枢はアホとか馬鹿・無能と言われますが、こと北海道では素晴らしい業績を残してくれました。できたら、アイヌの人々に、報奨金を出して欲しかったです!今からでも遅くないし、出来たら「陛下」から、ねぎらいの「お言葉」があれば、最高です!兵役の義務は立派に果たしましたから! アイヌの事を話せば限が在りませんので、これで止めます。 お人好しで、アホで裏表が無く、すぐ騙されるのが、彼らです!

尚、宇梶剛士さんの名前は仮名にするつもりでしたが、俳優として大活躍しておりますので、あえて書きました。

よって、一ファンとして今後の活躍を祈念しており、他意はありません!

母上も市民運動家で政治的発言や活動をしておりますので、書きました。勿論、他意はありません。健康と長寿を祈念しております。

アイヌ協会及び関係者の皆様におかれましては、今後益々の発展をお祈りしております!  一道民より!





神話・伝説・昔話の区別をしておきましょう。神話とは神に関する物語であるということのほかに、神聖な物語として広く民衆に信じられていたこと、社会の規範を示すものと考えられていたもの、つまり宗教性、社会性、規範性をもつことが条件であるという。伝説は宗教性が減じて知的な興味が主になり、社会性(民衆性)が減じて一地域だけの特殊な物語となり、さらには規範性を持たず、特定の事物と結びついて、たとえばその由来を語るという具体性を増す。昔話はもっぱら知的興味だけの伝承といってよいだろう。話し手も聞き手もこれを事実と信じているわけではない。これが古代史学の常識らしいです。



世間には神代も人代も混同してしまってる人もいるようですね。○○文明の方が古いと言われても、現代の民族の優秀性とか誇りには何ら関係はない。つい、我田引水のうさぎワールドに飛躍してしまいましたが、それで、上記引用文は何であるかと言えば、一見勘違いしそうな神話でも伝説でも昔話でもない、それは歴史だと私は思う。

この文章の内容について、拙ブログの当初よりの方針として、いわゆる「とりまとめ」はいたしません。アイヌの歴史の真実は、こここを訪問くださった、聡明なる読者諸兄の心の中にのみある。なんちゃって。





人気ブログランキングへ 今日も元気で朗らかに、美しく、クリックお願いします!
[ 2012/03/27 ] 未分類 | TB(0) | CM(1)

自民党も嫌いではありません

ローカルな話題で申し訳ありませんが、自民党新政会・鹿児島市議会議員団のホームページ「小森こうぶん」より引用。



・・・若い人々のエネルギーも大事であり、必要である。しかしその前に日本の歴史、日本の持つ良いところの風習も知るべきである。それには、知恵と経験を持った人々を選び、その人々のエネルギーを活用し鹿児島を盛り上げつつ、若い人々へ繋ぐべきである。今や鹿児島は成熟しつつある。成熟してきてはいると思うが、現実的な社会行動は未熟そのものであるように感じる。今、その未熟さに気付き、立ち上がるべきである。先ずは景気回復と働く場所の確保であろう。



私たち自身が鹿児島に対して「誇り」を持つことではないだろうか!私たち自身が「誇り」を失っているような気がする。

誇りを取り戻す為には、私たち自身で考え、参加し「まちづくり」をしなければいけない。(以下省略)



私は「日本の歴史」や「良き習慣」そして「誇り」といった言葉で語る議員は好きだ。前稿で自民党総裁を揶揄したのですが、決して自民党も嫌いではありません。

日本の歴史、伝統、文化、つまり日本人のアイデンテティを大切にするということでしょう。それには誇りを失ってはならない、と私は思う。各人の根底に誇りを持ち合わせていなければ、日本人の雄々しさも美しさも半減ではありませんか。



20日、春分の日、私はあいにくと仕事であった。市内を車で走ったが、残念なことに国旗を掲揚している家は無いに等しい。ところが市内のある町ではチラホラとではあるが、国旗がはためいていた。なぜこの地域は国旗が多いのだろう?と考えてしまいますよね。私なりの結論が出ました。

この町には日本共産党鹿児島県支部の事務所があるんです。ご近所であれば、赤旗の購読勧誘などもあることでしょう。アンチテーゼとして、立場を明らかにしているのではないでしょうか。今の自民党は現政権や橋下維新のアンチテーゼにすらなれない。でも、立派な地方議員もいるから嫌いではありません。

あ、共産党関係者に怒られそうですね。共産党も悪くはないんですよ。ただし、「天皇」「自衛隊」について綱領を正反対に変えれば。蛇足ですが、そうすれば共産党が共産党でなくなりますね。



4月には市議会議員選挙も始まりますので、そうすれば特定候補に対することも書けないでしょうから、今、申し上げておきます。小森こうぶんに6選を果たさせてあげたいものです。





人気ブログランキングへ 明るく、楽しく、元気よく、クリックお願いします。
[ 2012/03/26 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)