薩摩義士(宝暦治水)

地元紙にこんな記事がありました。



遺徳しのぶ、薩摩義士頌徳慰霊祭(←クリックしてみて!)



関が原の戦い(1600年)で、島津義弘公は敵前正面突破、そして壮絶な敗走であった。1000人の兵が最終的には80人になったと言われる。かの地は敗走路であり、多くの薩摩の戦死者が眠る地であった。それから約150年後、宝暦3年(1753年)、奇しくも薩摩藩は木曽川三川の治水工事に当たることになった。難工事であった。切腹や病死等で85人の犠牲者が出た。宝暦5年に完成。そして総奉行の平田靭負は責任を一身に負い、割腹。



住みなれし里も今更名残にて 立ちぞわずらふ美濃の大牧



その日が5月25日だったんですね。266年後の慰霊祭、岐阜県民と鹿児島県民との交流でした。



記事中、岐阜県薩摩義士顕彰会・鬼頭善徳会長とあるが、私は一瞬ひらめいた。薩摩藩の、今でいう現地本部は大牧の豪農・鬼頭某の広大な屋敷を借りたのでした。私の勝手な推測をここに書いてもよくないが、もしかして、会長さんはこの鬼頭家の縁のお方でしょうか。




この事業は幕府が外様大名の力を削ぐために・・・などと言われるが、私はそうは思わない。その頃は全国どこの藩も財政難であった。最初は幕府の予定では、二本松藩にさせるつもりであったという。ところが二本松は確かわずか2万石ほどの小藩であるので、工事の難易度からして、薩摩77万石にお鉢が回ってきた。徳川幕府だって、名目800万石であるが、江戸の庶民の食べる米までこれには入っているので、実質260万石だった。その次は加賀百万石です。幕府の大所帯を考えれば、幕府自体も決して裕福ではない。20万石以上と言えば、他には仙台がいくらですか、会津が当時は23万石でしょうね、そのくらいです。幕府としては妥当な選定だったのでしょう。

幕府からは「同じ松平を名乗る島津ではないか」、つまり徳川一門ではないか、と懇願調で言われたという。



総工費40万両。薩摩にとって大きな負担になったのは確かでしょうが、その後時を経て薩摩の借金は500万両に膨れ上がる。

日本は古代より、農業を国の本とする農本主義の世界であったが、先ほど石高に拘ったけど、たてまえ農本主義で実際は重商主義の世であったのではないか。廻船をやる者、大名家に金を貸す者、諸国の物産を商う者等々、商業者達の”わが世の春”だったのかもしれない。



それで、どうして薩摩は明治維新を成し遂げる軍事大国になり得たのか。いや~、歴史は面白いですねー。この新聞記事はローカルな話題に終わらせるには、実にもったいない気がいたします。





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[ 2012/05/30 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

河本母の生活保護





日曜日の午前10時からのTV朝日系の番組でした。お笑い芸人の千原せいじが「片山の旦那の会社を潰してやる」と発言したとして、片山さつきさんは涙ぐんでいた。

お笑い芸人がかよわき女性を泣かしてはならない。彼らは客商売であって、人を笑わせるのが仕事ではないか。私はそう思っていましたけどね、よく考えてみれば、公共の電波を使って、芸人風情が脅迫まがいの、そんな大それたことを言うだろうか。








この動画の最期のあたりでせいじの発言があります。

確か「旦那さん、かなりでかい会社潰しはった」と私には聞こえる。これから会社を潰すのではなくて、すでに潰れた、と言っているんですね。せいじは単に知ってることを吐露したにすぎないが、その場の話の流れには乗らない、全く場違いの発言であった。

これが片山さつきさんには「潰してやる」と伝わったのでしょう。



ところで、やっぱり生活保護の制度はおかしいですね。一生懸命に働いても年収200万円以下という若者が多いのに、母子家庭で生活保護を受給した場合には、月額13万円の他に免除や扶助があるので、実質年収400万円に相当するのだという。



また、受給の間に本人が働いた場合には、その収入分は除かれるのだそうだが、給付を受けながらアルバイトをしている不正受給者もいるという。その前に、受給資格がないのに不正申請・認定もあるでしょう。河本は氷山の一角かもしれません。「おにぎり食べたい」と書き残して餓死した人や、孤独死をした、真に保護を必要とした人達もいた。

勿論、河本は悪いが、河本叩きの大騒ぎはもういいから、これからは片山さつきさんの出番ではないか。早く涙を拭いて・・・。





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[ 2012/05/28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

家庭向け電気料金

昨日は梅を漬けました。近所のスーパーで大玉が1キロ500円、中玉が300円ですね。私は中玉を5キロ購入した。ところが今日の夕方、同じスーパーで同じ中玉が250円になっていた。子供でも分かることであるが、今日買えば、同じ金額で1キロ余計に買えた。全く情けないやら、腹が立つやら・・・複雑な気持ちになったが、こういうものなのでしょう、家計を預かる主婦感覚というものは。

電気料金もなんか騙されたような気がします。




東京電力の収益ーほとんどが家庭向けから(←これクリック)



私としたことが、恥ずかしながら「赤旗」の引用になりました。私は未だかって日本共産党にシンパシーを持ったことはないが、ただ、この記事中の表が分かりやすかったので掲示した。

議員はこの資料をどこで入手したのでしょうか。経産省や東電にも党員がいらっしゃるのでしょうか。あるいは、この程度は東電が監督官庁に提出していたものかもしれません。いずれも私の推測にすぎないが、情報化社会と言われるのに、これまで明らかにされなかったのが不思議である。



東電の電力使用量の40%を占める家庭用向けで儲けの90パーセントということである。中国電力も関西電力も70%くらいでした。原発事故の前から、絶対損をしない電気料金システムのことは週刊誌の記事になっていたが、こんなに酷いとは思わなかった。企業向けは大量消費で送電コスト等で安くなるのかもしれない。家庭向けは料金集金コストもかかることでしょう。でも、発電コストは企業向けも家庭向けも同じなのではありませんか。我らは数社の中から電力会社を選べない。いわば東電は独占企業である。その意味で我らの立場は弱い。

企業は東電が嫌なら、いわゆる新電力会社から買うことも可能である。企業向けと言っても、恐らく町工場のような零細企業はその”企業向け”には入っていないでしょう。これは共産党ならずとも、「大企業優先の料金体系」と言わざるを得ない。



東電はあんな大事故を起こした時点で潰すべきでしたね。そうすれば、大手金融機関が東電の負債数兆円をかぶることになる。しかしながら、その数兆円をこれから先、血税や各家庭の電気料金で払ってゆくことになるんじゃありませんか。まっぴらごめんです。正直者がバカをみるのは生活保護だけにしてもらいたい。いや、今の次長・課長(注)の生活保護も根本から変えなきゃダメです。



(注)ご存じのとおり、お笑いコンビの「次長・課長」の河本準一が高額所得であるにもかかわらず、母親が長期にわたり生活保護を受けていた、という笑えぬ話。





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[ 2012/05/26 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

TV観てますか?

私は自室にいるときは、TVを点け、PCを触り、読書をするか、コーヒーを飲むか、いつのころからか長年の習慣です。すべて同時進行の時だってある。五月蠅いなあ、と言ってTVの音量を小さくしたり、くだらないのをやってるな、と言ってチャンネルを変えたりしている。スイッチを切ってしまえばいいんでしょうけどね。逆に、音量を上げてTVを集中して観たり・・・。今日は結構TV観たかも。そして、私は意外とTVは好きなのかも。



かと言って、毎週観ると決めている番組も無いし、番組表など観るほど好きではない。たまたま「NHK歌謡コンサート」で懐メロでもやっていれば観る。面白いな、と思って観ていたら、教育テレビの「高校日本史」だったり。今日は夕方、こんな番組やってました。




KTS情熱伝~特攻を語り継ぐ安永克己さん(←お暇ならクリックしてみて。)



阿部少尉は福島昴「二度死んだ特攻兵」のモデルにもなったのでしょう。私はこの本を読んでいないので、何とも言えませんが、「二度死んだ」とは上手い表現ですね。



知覧特攻平和会館初代館長・板津忠正さんが夕方NHKに出ておられた。私は終わりの方を少し観ただけであった。確かこのようにおっしゃっていた。「まもなく、父母・兄弟をはじめ多くの国民が直接攻撃を受けるようになる。若者たちは自分がなんとかくい止めようとして飛び立った。」



秘密のケンミンshow5,17,OA今夜は「連続転勤ドラマ 辞令は突然に・・・」の鹿児島編第2弾であった。来週は鹿児島第3弾・種子島ということなので、ま~た観ることになる。あれ?私は最初に毎週観る番組は無い、と言ったが・・・ありましたね(笑)

今夜はNHK「テンペスト」まで観てしまいました。



国会中継をやっているときはほとんどTV点けてますが、観たり観なかったりです。数日前、新党きずなの議員が「最優先すべきは災害復旧・復興、原発、景気対策だ」と言っていた。私はそういう時に真面目にTVを観ることになる。みんなの党の江田憲司さんは消費税増税反対、ギリシャの破綻は2006年、消費税18%を23%に引き上げた時から始まった、とグラフで説明していた。デフレ下での増税はクレイジーだとまで言っていた。いいこと言うなあ、と思ったが、ただそれだけであって、私はそれよりもTVの情報に触発されて、自問自答の想像の世界が楽しい。




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[ 2012/05/25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

美人すぎる市議

私めは今日はラッキョウを漬けた。前日にラッキョウの根と茎を切り、薄皮を剥ぐ作業が一苦労であった。外出先から家に帰ってきたときにラッキョウが臭う。それも、10分もすれば慣れてしまうが。

今年は鷹の爪を多めに入れて、ピり辛にしてみた。7月1日が味見の解禁日。梅干しも漬けなければならないが、それはまた後日の楽しみです。



夕方には畑にツルムラサキとニラを植えてきた。狸が出ると聞いたので、奴に食べられず、しかも手のかからないものにした。私も気まぐれな性格で、どんなに忙しくても畑に毎日のように通うかと思えば、全く暇でも、車でわずか七・八分で行けるのに十日間くらいほったらかしということもある。



マスコミも気まぐれ、キマグレンだなあ、と思うときがある。あんなに報じていたのに、そしてまた、私がすごく興味があったのに、パッタリと続報が途絶えたりする。読者の方も大して気にもしないが、尻切れトンボ状態が多い。と、諦めていたら、「美人すぎる市議」は5月14日に当選無効の決定をした市選管に不服を申し立てたという。その後どのくらいの日数を経た後に結論が出るのか、そこんとこを新聞には書いてないので、私の気苦労もまだまだ続くことになる。

え、これを読めば事情が分かりますよ。




「美人すぎる市議」が”秘密”激白



ま、全国紙に載ってしまえば、”秘密”でなくなるでしょうが・・・。

実は、私はこの女性を密かに応援している。これもここに書いてしまえば「密か」でなくなってしまうのでしょうが(笑)



彼女はアメリカで里親制度というのを知り、「自分も他人に貰われたかった」と強く思ったという。この言葉に嘘はなく、彼女の深い体験として理解したことに違いない。このような人に政治をやってもらいたい。クレー射撃の練習ができるほど広い庭のあるお家でお育ちになった方よりも、私個人的には彼女の方が政治家向きだと思う。



歴史の授業で習った「悲田院」は誰でも知っている。そこは当時の公的な機関であるが、孤児を集めて育てたんですね。そして身寄りのない子らが成人したら、誰かの養子にした。その頃は「差別」という言葉すらなかったのかもしれない。そして、一人前の大人から徴税するためであった、と言われるが、それで結構なことではありませんか。納税も納税者を育てることも、社会のため、国家のためになることは明白である。勿論、不幸な運命に生まれた子供たちのためにもなる。彼女には将来このような仕事に取り組んでいただきたい。



それにしても、電気・ガス・水道の使用量が少ないから居住実績がない、というのもおかしな話ですね。ライフラインを止められてた人が餓死・孤独死したというニュースがあったが、その時は個人情報保護が話題になった。彼女には個人情報やプライバシーは認められないのでしょうか。水道使用量が少なくて居住実績が認められないのであれば、逆に居住はせずに、水道を垂れ流していればいいのでしょうか。



一人暮らしで、帰宅も夜遅いとなれば、入浴なんてのは隣近所に迷惑でしょうから、銭湯で済ます方がいいでしょう。私も温泉によく行くのであるが、温泉好きということのほか、深夜族としては隣近所に騒音を出すのが憚られるから、という理由もある。選挙運動もあることだし、食事だって外食が楽でしょう。私はそう思うけれども、決めるのは選管です。



もしも当選無効であったにせよ、彼女はまだ若いのだから、次を目指せばいい。立川明日香さん、次は立川市議に挑戦すればぁ?





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[ 2012/05/23 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

金環日食





我が家に咲いた孔雀サボテン。







今朝の駐車場はご覧のとおり桜島の降灰です。空は雨雲が厚い上にこの灰のせいで暗い。世紀の天体ショーが美しい花で、現実世界は灰まみれという象徴的画像ですね。こんなドカ灰の降る所に私を含めて60万人からの人々が暮らしているのであるが、皆慣れっこになっているのか、他所に出てゆく人を聞いたことがない。桜島上空の風向きの関係で、夏場は鹿児島市、寒い時期には大隅半島の方へ灰が降る。1年のうち半分がまんすればいいからかもしれません。



それで、残念ながら鹿児島では金環日食は見られなかったことでしょう。実は、私は前日からこのような天候であったので、諦めていて、日食の予定時間にはまだ蒲団の中にいた。聞くところによると、少し暗くなったそうだ。次は300年後に草葉の陰から見ることになるのでしょう、か。



日食のときにはあたりが暗くなり、大気の温度が1度ほど下がったという。大昔の人々は驚いたでしょうね。神々しくもあり、また、天変地異の不吉な前兆と感じたかもしれません。縄文人の寿命は17歳だったそうだが、それまで見たことも聞いたこともない現象が、突然起きたのですから。

太陽の裏側の光の届かない暗闇や時間的空間的な無限(∞)というものを感じたでしょうか。そして、うつせみの世の有限の命を愛しんだのでしょうか。どこかで読んで、本当かどうかわからないが、縄文人は短い人生であったので、障害者が生まれても大事に育てたのだという。差別もなければ、異形・奇形の子を忌み嫌うこともなかったのだそうだ。



我らは人生80年などと言われるが、天体ショーの壮大な時間に比べれば短いものだ。勿論、縄文時代と現代との時間差だって。




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[ 2012/05/22 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

H2Aロケット打ち上げ成功

今日は件の畑に行ってきました。数日前に雨が降ったせいか、サツマイモも根付いていたようだ。早くも葉に虫がついて卵を産んでいた。無農薬を心がけているので、手で虫を取り除くしかありません。それと、周囲の竹を切って、畑に日の当たるようにしてきた。



隣地の地主さんと初めてお会いした。お役所を定年退職した方で、もう齢80歳でしょうか。このあたりのことをよく御存じであった。私の前の地主さんはこの土地が「どこにあるかもわからない」と仰っていたようなので、恐らく三・四十年くらいは放置してあったのでしょう。いわゆる”不在地主”だったのだが、ちゃんとこの土地は存在しました。畑の下に一段、上に五段ほどありました。これがほかの国だったらどうなんでしょうね。自分のものは自分のもの、他人のものも自分のもの、なんて民族性の国が大陸の方にありそうですね。



昨日もちょっと触れたが、日本の衛星3個、北の方の国の衛星「アリラン3号」を載せたH2Aロケットが打ち上げられた。




「性能に間違いはなかった」 関係者安堵の表情 韓国側も満面の笑み

18日未明に打ち上げが成功したH2Aロケット21号機。第1段エンジンが点火されると種子島宇宙センター(鹿児島県)は早朝のように明るくなった。約16分後、初の商業衛星である韓国の多目的実用衛星「アリラン3号」を予定の軌道に投入。衛星が正常に機能していることを示す信号が届くと、見守っていた韓国関係者から拍手が起きた。



 「打ち上げの結果は非常に満足。H2Aの性能に間違いはなかった」



 アリラン3号を開発した韓国航空宇宙研究院の金承祚(キムスンジョ)院長は会見で満面の笑み。同センターがある南種子町がハングルの激励看板を掲げるなど町を挙げて応援したことにも触れ、「今回の打ち上げは(宇宙開発の)日本との協力の出発点になる」と強調した。



 韓国と時差がなく、欧米と比べて食事などの文化も近い日本での打ち上げは、衛星を整備する技術者の負担が少ないという。今後の発注について金院長は「低価格で高性能なら、日本との仕事を間違いなく続けていく」と話した。



 一方、打ち上げを指揮した三菱重工の二村幸基宇宙事業部副事業部長は「計画した軌道にほぼドンピシャで投入できた」。今後のビジネスの行方を左右する重要な打ち上げだっただけに、安堵(あんど)の表情を見せた。(5月18日産経新聞)



一番安堵したのは馬韓国の責任者ではなかったでしょうか。衛星が落ちてしまっても責任を問われ、万が一、ロケットの打ち上げが失敗しても大変なことになったでしょう。日本に依頼したのが悪い、と言って非難されるでしょう。もしこの人が日本留学組であったら、親日派のレッテルを貼られてしまいます。韓国はこれまでがロケット打ち上げは失敗続きでしたし。



「羅老号」というロケットをロシアと共同開発ということでしたが、実際はほとんどがロシアの技術でしょうけど、一度も成功していない。韓国マスコミも「日本の打ち上げ成功」と書くべきであろうが、


「アリラン3号」打ち上げ成功…韓国が世界4番目のサブメートル級衛星保有国に

(青大字クリック)などと相も変わらずウリナラマンセーである。可哀相に、と言うべきか、笑わせてくれます。

私は昨日、三菱重工はビタ一文負けてはならないと書いたが、実は


アリラン3号、日本のH2Aロケットで「格安」打ち上げ(青大字クリック)だったらしい。



韓国の衛星は地上の75センチ四方のものが判別できるのだそうだ。もしかしてスパイ衛星ですか。いざというときには軍事に転用できるのではありませんか。韓国の敵国は北朝鮮ですが、日本の準仮想敵国はどうみても韓国でしょう。日本の固有の領土を不法占拠し、世界各地で日本を貶めようと活動しているのですから。次の「アリラン4号」の受注は止めろとは言わないが、そういう時こそ防衛庁、外務省、経産省等なんかの出番じゃないのでしょうか。仮に日本が断っても、韓国は「羅老号」で空中爆発するわけにはいかないでしょうから、ね。韓国の弱み、日本の強みです。





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[ 2012/05/20 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

河村発言を支持し「南京」の真実を究明する国民運動

Facebookて何ですか?私はよくわかりませんが、上場するとか、アメリカでは大騒ぎしてますね。この会社のCEOが20歳代のパーカーを着た若者である、ということ以外、私には興味がありません。

iモード、iフォン、スマホ、電子書籍・・・私にはご縁がありませんでした。いかに便利だと言われても、私は今後もこれらとお付き合いするつもりはありません。何故だろう、と考えてみるが、私は単に「面倒くさがり屋」ということなのでしょう。

「なまけもの」という動物がいますが、その姿を想像してみてくださいな、我らも彼らのように終日過ごせたらどんなにか楽しいでしょう。



今日は種子島宇宙センターからH2Aロケットが打ち上げられた。ここは世界一美しい宇宙センターなんですって。ローカルテレビのニュースで言っていました。打ち上げの成功率はなんと95パーセント。韓国は一度たりとも成功していない。それで、今回は韓国の衛星「アリラン3号」を載せて飛んだ。すでに打ち上げてしまったものを今更どうこう言っても仕方がないが・・・。三菱重工の商売は商売としてよろしいのですが、また責められないが、ビタ1文値引いたらいけませんね。

種子島にはかなり前から韓国人技術者が来ていたという。日本の技術を盗まれないようにしていただきたい。いつでも衛星を落とせるような細工はできなかったのでしょうかね。いや、いや、こんなこと考えちゃいけません。



以下、転載自由情報です。




河村発言を支持し「南京」の真実を究明する国民運動 関連情報



平成24年5月16日(水) 通算 第9号

中日新聞意見広告拒否で仮処分を申し立て



nankin-kokumin@tsukurukai.com

※転送自由



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うさぎ屋 様





南京の真実国民運動の最新情報をお送りいたします。



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中日新聞が意見広告の掲載を拒否した件について、昨日、南京の真実国民運動は広告の掲載などを求める仮処分を東京地裁に申請しました。



本日の各紙朝刊にも記事が掲載されました。

インターネットでも下記URLからご覧いただけます。是非ご覧ください。



意見広告は現在他紙と交渉中です。

必ず掲載を実現させますので、引き続きご支援の程、宜しくお願い申し上げます。





「南京事件」意見広告の掲載求め仮処分申し立て 中日新聞拒否で(産経新聞)

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120515/trl12051520010013-n1.htm





中日新聞が意見広告掲載拒否 河村市長の南京発言巡り(朝日新聞)

http://www.asahi.com/national/update/0515/TKY201205150477.html





意見広告拒否で仮処分申請 「南京事件」否定発言めぐり(日本経済新聞)

http://www.nikkei.com/tech/news/article/g=96958A9C93819695E3E7E2E6848DE3E7E2E7E0E2E3E09180EAE2E2E2;da=96958A88889DE2E0E2E5EAE5E5E2E3E7E3E0E0E2E2EBE2E2E2E2E2E2





意見広告拒否で仮処分申請(日刊スポーツ)

http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20120515-951458.html





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 南京事件の真実はもはや明らかだ

               

              弁護士  中島繁樹





 南京事件の真実については、今日ほぼ解明されたということができます。亜細亜大学の東中野修道教授を中心とする人達が日本南京学会を設立して南京事件の歴史学的研究に並々ならぬ努力をされ、さらに生存中の多くの南京戦体験者の証言が集積されて、現在では南京事件の真実はもはや明らかです。いわゆる大虐殺はありませんでした。

 

 私は平成17年から平成21年までの間、東中野教授の南京事件訴訟において弁護士として同教授の訴訟代理人を務めました。東京地方裁判所、東京高等裁判所、最高裁判所の法廷で、南京事件当時の生存者・夏淑琴さんを相手方として、南京事件の真実を明らかにすべく争ったのです。その訴訟の中で見えたものは、結局のところ、当時の国民党の影響下にいたアメリカ人牧師マギー、アメリカ人大学教授ベイツ、イギリス人新聞記者ティンパーリらと、国民党中央宣伝部の副部長董顕光らによる合作の戦時プロパガンダ文書だけがその根拠であるという事実でした。

 

 日本は敗戦の戦後処理の過程において、戦勝国に好いように料理されました。敵側の戦時宣伝文書のままの事実があるとして復讐の裁判が行われ、有りもしない大虐殺が捏造されて行ったのです。その結果、昭和22年4月、当時の第六師団長・谷寿夫中将が南京の雨花台で処刑され、翌年1月には田中軍吉大尉、野田毅少尉、向井敏明少尉が同じく雨花台で処刑されました。次いで極東軍事裁判によって、中支那方面軍司令官・松井石根大将と外務大臣・広田弘毅が南京事件の責任を問われて絞首刑の宣告を受け、昭和23年12月処刑されました。平成6年5月には、永野茂門法相が「南京で大虐殺があったとは思わない。」と発言したことで、法務大臣を辞任させられました。

 

 今回は、名古屋市・河村たかし市長のまっとうな発言に対して、地元の中日新聞までもが河村市長の発言が不適切であるとする社論を展開しています。南京事件の真実がほぼ解明されてしまった今日に及んでもなお、日本側のメディアはこの体たらくです。情けないかぎりと言うしかありません。





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[ 2012/05/19 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

日米安保条約(4)

第十条

この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の処置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。

もっとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行われた後一年で終了する。




前段の定めがどうあれ、後段に掲げてある通り10年後に継続しない旨を通告すれば、さらに1年後にはこの条約は終了する。これまでも10年の改定期には安保反対の声を上げた。1960年、70年、そして、日本の左右両陣営とも反対してもよさそうなものだが、その後は反対運動も衰退の一途のようだ。ちなみに次は2020年である。



60年は良く知らないが、70年は私はその真っただ中にいた。友人には東大安田講堂に”籠城”したやつもいたし、黒ヘルを被ってデモをやってたのなんかもいた。無論、そんな奴らだけではなく、「盾の会」のメンバーもいましたよ。

学園紛争、原潜寄港反対、佐藤訪米反対、ベトナム戦争反対、10・21国際反戦デー新宿騒乱・・・TVではゲバ棒を振るい、投石、火炎瓶を投げる学生たちの姿が毎日のように映された。安保反対、闘争勝利、ヤンキーゴーホーム、といったスローガンを今でも思い出す。「闘争勝利」とはなんだかなあ、今でも私にはシックリきませんが、他は理解できる。「アメリカ(人)は出て行け!」ということだろうが、私に言わしむるに、これは「アメリカ隷属を止めろ」に他ならない。



この運動も「過激派」「左翼」というイメージを国民に残しただけではなかったか。それで、つい最近、仲間と話した時に、ある人が「あの時は赤旗ではなくて、日の丸を振って反対すればよかったんだ」と言った。あ~、いいこと言うなあ。

ついでに、8・6ヒロシマでも日の丸デモ行進すべきですね。去年は「在特会」のみなさんがやってました。私は会員ではないので、断ったうえで、このデモの末尾に並ばせて頂いたのだった。

今年は私たちの会でも「田母神閣下歓迎デモ」をぜひやりたいものです。これも私一人の会ではありませんので、どうなることやら。



8・6ヒロシマで日の丸を揚げ、そしてまた憲法と安保破棄、これで初めて日本の戦後が真に終わるのではありませんか。(ここで一応〆ます。)





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[ 2012/05/18 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

日米安保条約(3)

日米安保条約とは昭和35年6月23日に日米両国が批准した「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」である。前文とわずか10カ条からなる条約であるが、第七条は効力の生じる日を定め、第八条は従前の安保条約の失効、第十条はこの条約終了についてであるので、受験のための勉強ならばわずか六か条であるので理解は簡単ではないでしょうか。しかも現代語表記であるので、普通の日本人なら誰でもわかる。過去にも時として大きな話題になる日米安保条約であるが、ところがこの条約全文を読まれることはきわめて少ない。



前文には両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し云々とある。我が国の国会で集団的自衛権が問題になるが、ここでは当然のようにして存在するということですね。これについての各論・詳論はいたしません。実は、できません(笑)

ただ、私が思うには、現行憲法を軍事面で補完するものである。憲法は日本をアメリカに隷属させる装置である、と言った人がいたが、その意味において憲法と日米安保条約は一体である、と言っても過言ではないでしょう。軍事・防衛のみならず、政治・経済・社会など両国関係の良きにつけ悪しきにつけ基礎・基盤になっている。悪名高い「年次要望書」なんかもここいらに根差しているのではありませんか。軍事で引け目があるからかどうか、米国の言いなり、まさに奴隷国のようだ。



TPP参加で日本の良き慣習や伝統が失われると言われるが、この半世紀ですでに多くを失ったのではないか。日本の古き良き終身雇用や年功序列制も今は無きに等しい。会社は(地域)社会に貢献するものであった。また企業は人なりとも言われ、そこに働く人たちのものでもあった。会社はいかに苦しくとも社員の首に手を掛けるようなことはしなかった。特に規制緩和を叫ばれて以降、強い日本のイメージが消えつつあるように思う。

言うまでもなく、私は必ずしも反米ではない。日米安保条約と現行憲法破棄、そして陸・海・空軍の三軍、いや、海保を入れた四軍を国防軍とし、その後必要ならば日米軍事同盟でもなんでも締結すればいい。

かくして私は日米安保反対。今やこんな主張は私と私の大嫌いな日本共産党くらいでしょうが、第一段階は同じでも次のステップになると正反対である。(まだ、つづく)




第二条

締約国は、その自由な諸制度を強化することにより、これらの制度の基礎をなす原則の理解を促進することにより、並びに安定及び福祉の条件を助長することによって、平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する。締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の経済的協力を促進する。





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[ 2012/05/17 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

日米安保条約(2)

今日は沖縄祖国復帰40年のメモリアルデーであった。TVのニュースを見るたびに、私は初めて沖縄に行ったときのことを思い出した。それは昭和50年3月17日のことだった。私は記憶力の悪くなった昨今であるが、日にちまではっきりと覚えているのは、実は新婚旅行でした。3月16日に市内で式を挙げ、その日は霧島のホテルに泊まり、17日に沖縄へ向かったのだった。



那覇空港に着くなりレンタカーを借りて、沖縄での移動はすべてレンタカーであった。復帰数年後ではあったが、交通規則は何故かまだ「人は左、車は右」であった。市街地を他の車の後をついて走る分には無難に運転できたが、それでも交差点を曲がるときにはかなり気を使った。そして郊外に出たら、知らず知らずのうちにいつものように左側を走っていた。後続車にクラクションを鳴らされたり、対向車に出会って驚いたり、とにかくイライラして運転した。

私は「”本土並み”じゃないじゃないか!」とか「ここは日本だろうが!」などと言って憤ったのだった。そう、確かに「核抜き本土並み復帰」と喧伝されていた。



沖縄が最も本土並みでないものは、県土の18%を占める米軍基地問題でしょう。米軍基地は本土にも存在するわけで(その比率は沖縄に比べたら低いが、)単に沖縄のみならず日本全体の問題である。住民がいくら「米軍基地反対」を叫んでもどうにもならない、と少なくとも私は思いますよ。合衆国軍隊が日本に駐留する根拠たる、日米安保条約の条文を読めば明らかである。




従って、第十条に則り、この条約を終了させる外ない。「安保反対」を叫ぶべきです。

すると「中国や北朝鮮の脅威」「日米同盟の重要性」などと言われるのであるが、これは日本国の陸・海・空軍が担う、という当然のことです。ここは日本なのですから。



第六条後段はいわゆる「日米地位協定」といわれるものであるが、公務中の米兵の犯罪・事件は刑事訴追の権限は日本にはない。日本の警察は逮捕すらできないのではありませんか。沖縄県民ならずとも、日本国民なら誰しも「ここは日本だ」と言いたくなるでしょうよ。(つづく)




第六条

日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、一九五二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定(改正を含む)に代わる別個の協定及び合意される他の取極めにより規律される。






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[ 2012/05/16 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

日米安保条約(1)

終戦直後の日本人は食うや食わずの食糧難で、その日を暮らすのが精いっぱいだった。進駐軍のジープが停まれば、大勢の子供たちに取り囲まれた。子供たちはどのような言葉を発したのでしょうか。「わ~い、チョコレート、チョコレート」とでも叫んだのでしょうか。

私は戦後生まれで、この時代を直接経験はしていないが、先輩や大人達からこのようなことを聞かされた。チョコを配る米兵の顔が目に浮かぶようです。



戦前に渡米した人が、進駐軍の通訳として鹿児島に帰ってきた。彼は米軍のベレー帽を被り、チューインガムを噛んでいた。その姿を見た中学時代の同級生も、彼に軽蔑や憎しみすら感じたという。



私は中学時代に「パンパン」という言葉を知った。ちなみに「パイパン」を知ったのは大人になってからであった。パイパンて何ですか?麻雀をするようになってから知りましたが。

「○○ちゃんのお父さんは誰だかわからないんだって、お母さんはパンパンだったんだってよー」と友達が教えてくれた。これも大人たちの会話を仕入れてきた、受け売りだったのでしょう。そういえば○○ちゃんは色が黒くて目がパッチリしていた。この話もなぜか私が執拗にも覚えているだけで、女の子をいじめたとか差別したということはなかった。ほとんどの同級生たちはその場だけのことで、忘れ去っていると思う。



体の大きな米兵の太い腕にぶら下がるようにして歩いていた、厚化粧の女性たちがいたんですね。娼婦なのだがパンパンとかパン助とか呼ばれていた。昭和26年に書かれた林芙美子「浮雲」の中にもチラと登場します。この女性は特定の米兵と関係する、「オンリーさん」でしたが、まあ、羽振りが良かったこと。本人たちは身を堕としても、すべては食べてゆくためだったのでしょう。



このような光景を苦々しく思って見ていた当時の日本人は、敗戦とはこのようなことになるのか、と強く自覚したでありましょう。屈辱感も湧いてきて、「ここは日本だ!」と心の叫びを上げたかったに違いない。(つづく)







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[ 2012/05/15 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)