渡部昇一氏死去


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渡部昇一先生がご逝去されました。業績を讃え、心よりご冥福をお祈り申し上げます。86歳でした。
渡部昇一の昭和史(正)(続)、渡部昇一監修・完訳紫禁城の黄昏(上)(下)といった名作がありますが、まさに昭和がまた遠くへ行ってしまったような気がします。





また内之浦へ行ってみたい。

ダイダイ

左のミカンは給油で立ち寄った内之浦のGSでいただいた。大きな箱に山盛りにしてあったのです。「あれ、何ミカンなの?」と訊けばおばちゃんが「八朔かな、何だったかな」という。「八朔じゃないでしょ」「良かったら持って行ってください。」「いいんですか、そいじゃ一個だけください」と言ったら五個くださった。初対面の人から物を頂くなんて、久方ぶりの感激でした。
食べてみましたが果汁が多くて、「ジューシーオレンジ」でした。

右は内之浦の大将から頂いた「辺塚橙」という代物だそうだ。辺塚という地区の特産らしい。奥方が言うには、果汁を絞り、冷凍庫でブロック氷にしておいて、調味料として使えばいいですよ。その通りにしてサラダのドレッシングに使いました。橙に似てません。酸味は少なくて甘い。何よりも香りがいい。

この苗木は地区外に持ち出したらいけないそうです。そんなもん、枝一本あれば挿し木や接ぎ木で増やせるんじゃないの?それが、大将が言うには、実生でないと育たないそうだ。私は種を十数粒指宿の畑に埋めましたよ。果実を採るまで実に気の長い話です。
将来、子供たちが「あれ、何ミカンなの?」と言うでしょうね。勿論、その頃、私は草葉の陰から様子をそっと見ることになるのでしょうが(笑)、私は教えてやりません。おまえらは自分の足と目と耳を使って自分で調べろ。今の私はそう思う。

そのまた右は大将の庭からスズランスイセンを頂いてきた。毎年花を咲かせることでしょう。
な~んか、先の話ではあるが、死ぬのが無性に嫌になってきた、みたい(笑)。


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[ 2017/04/18 ] 未分類 | TB(0) | CM(7)

たちばなさん、おはようございます。

コメントありがとうございます。

三宅先生も確かまだ60代だったと思います。惜しい。ご冥福をお祈りいたします。

>長生き
いつも言うとおり、私は不死身です(笑)。ただし死ぬまでは。いつかはみんな例外なく死にます。
[ 2017/05/08 02:58 ] [ 編集 ]

三宅博先生も天国へ

うさぎやさん。知覧お疲れ様でした。なかなか現地にいけませんで申し訳ございません。

さて、渡部先生に続き。。。三宅先生も4/24肝臓がんで逝かれました。
私はつい今しがたタモガミツイッターで知り涙がポロポロと。


思想や政治には疎い私ですが。タモさんNY講演で一週間奥様とともに行動を共にいたしました。
往復とも飛行機はビジネスクラスで私たちと一緒。奥様も謙虚で前にでない奥ゆかしい日本女性でした。私と丸反対で素敵な方です。あまりのショックで。。。たった今事務所に連絡をいたしましたら奥様が「主人もどんなにか喜んでいるでしょう。大阪へいらしたらお墓参りにいらしてください」と。。。
うさぎやさん。お仲間のみなさん。お願いですから長生きしてくださいね。寂しいったらありません。タモさんも22日が判決です。5/22は私の大好きだった父(胃がんで59歳で天国行)の誕生日です。偶然でしょうか?ファザコンたちばなより。

渡部先生。三宅先生。日本のために、ありがとうございます。合掌。
[ 2017/05/07 10:55 ] [ 編集 ]

みなさま、こんばんは

コメントありがとうございます。

合掌、礼拝、そして念仏と続くのでしょうが、渡部先生は確かクリスチャン、私も戸惑いました。
暴論ながら、このところご冥福を祈りたくない方たちの訃報が続いていました。渡部先生だけは特別です。

>お達者クラブさん
貴重なお話ありがとうございます。私は一度も講演を聴いたことがなかったのが心残りです。

>あやかさん
日本の良心、愛国者だったと思います。山形県鶴岡市のご出身で、石原莞爾将軍と同窓とどこかに書いていらっしゃいました。私個人的にはこのお二人がダブるのです。

> Gくんさん
『知的生活の方法』を読まれましたか。私は昔のものは未読です。
文学者は論理だけではなくて、美意識から愛国へ通じる道があるのだと思います。拙ブログに掲げた「東海に陽は赫々と昇る」といった美しい風景からでも保守・愛国に結びつく。

>ponch
渡部先生の著作をお持ちですか、さすがです。
私にはつわりはありませんから、酸っぱいのは好きではありません(笑)。最近はミカン、そしてイチゴも酸味より甘味重視のようです。
[ 2017/04/19 01:23 ] [ 編集 ]

渡辺昇一先生、お亡くなりになってたんですね。
この場を借りて慎んで、ご冥福を祈りたいと思います。
アンソロジーですが、渡辺先生が論客として登場している本は何冊か持ってました。

八朔は苦いし酸っぱいのであまり好きではありませんでしたが、
最近都内では八朔は見かけなくなりましたね。
夏みかんもみかけなくなって、デコポンとかいよかんばかりになりました。
最近では酸っぱいミカンはあまり好まれないように思えます。
[ 2017/04/18 23:51 ] [ 編集 ]

こんばんは!

渡部昇一先生、ご冥福をお祈りします(合掌)。保守論壇に登場する前の渡部先生の著作『知的生活の方法』読みました。渡部先生って英語の先生なんですよね。意外です。それと西尾幹二先生も、ドイツ文学者で特にニーチェの研究者です。これも意外です。
[ 2017/04/18 23:21 ] [ 編集 ]

哀悼

渡部昇一さま、本当にりっぱなかたでした。
『学者』と、お呼びするのに最もふさわしいかただったと思います。
【日本の良心】というべきかたでした。
御冥福をおいのりします。
[ 2017/04/18 19:20 ] [ 編集 ]

渡部昇一先生ご苦労様でした。

日本の歴史を端的に勉強させてもらった先生でした。
花渡川さんも書いている「紫禁城の黄昏(上下)」(ラストエンペラー)や日本の歴史を解り易く書かれていてファンの一人です。
建国記念の日(千葉県民による建国を祝う集い)の講演内容は忘れられない内容でした。

ドイツ留学時にそれぞれ留学生が自国の自慢できることを話すことになった(講義)。敗戦後の日本に何があるのだろうか?
「ドイツ人がテンノウはどうしているか?」と聞いてきた。ハッと思って「そうだ!日本には万世一系の天皇陛下がご存在している」、世界に類例のない天皇陛下についての講義(?)をしたという。
宮城県に旅行に行ったときの話は、神社のお祭りが行われていてお祭りはそこに住んでいる人たちの先祖から連綿と続けられているという事、お祭りをしている人たちはその子孫たちなのです。
ギリシャに旅行に行ったとき、ホテルの前の海に遺跡などが沈んでいてギリシャにいる現在の人たちと民族が違っているという歴史を持っている。

渡部昇一先生を知っている人はそう多くなく(多分)、少しざわついている感じだったのが、上の話しになったころシーンとなって先生の話に耳を傾けている状況が感じられた。

南京事件の問題では、名古屋市長が「虐殺は無かったんじゃないか」と発言をした時、マスコミや愛知県知事(後ろから弾を打っていた)などから激しい意見が浴びせられた。
つくる会が集会を行い、渡部昇一先生も登壇されて東京裁判の議事録(膨大で市販されている)について語られた。
「議事録を購入することは金銭的に無理なので議事録の南京事件の箇所だけを買って読んだ」という話をしてくれた。

学者とは、大学教授とは、本来こうあるべきなのです。
ご冥福をお祈りいたします(合掌)。

[ 2017/04/18 12:57 ] [ 編集 ]

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