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「日本人の名前」「西郷どん」


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◆日本の高級ぶどう「シャインマスカット」が韓国で生産され、日本の3分の1の値段で売られているそうだ。いちごも日本のパクリですが、なぜそうなるのでしょう。
「海外での果物の品種登録は国内での登録から6年以内に行うことが国際条約で定められている」のだそうだがシャインマスカットの場合はそれを懈怠していたわけですね。お役所の怠慢ですか、それとも新品種開発者に非があるのでしょうか。
朴李(パクリ)が一番悪いのですが、農水省他関係省庁は日本の生産農家や農業を守らなければなりませんね。

◆大変お待たせいたしました、日曜日は芸能情報です。
NHKで「日本人の名前」といった番組がありますよね。私はリモコンをピコピコさせているときに偶然観てしまったことがあります。ですから、ほとんどの場合は番組の途中から観てます。
将棋の羽生善冶さん、フィギュアスケートの羽生弓弦さんのルーツは鹿児島なんですってね。私の高校時代の東大出の英語の先生が「羽生」でした。高校以来ン十年、このお二人の他に「羽生」という姓に出遭うことはなかった。種子島に多い姓らしいですけど、納得でした。私の友人に種子島家の末裔がいますから、今度詳しく訊いておきますね。

先週の番組では誰もがご存じの、半端ない大迫勇也と水泳の池江璃花子選手でした。いずれもルーツは鹿児島です。「大迫」姓は鹿児島には多いですよ。
番組では「池江」姓は全国に350所帯ほどと言っていました。私の友人に池江さんは一人だけいます。50年来の友人ですけど、彼の次に知った池江さんは池江璃花子さんでした。私は番組で知る前から池江 璃花子さんは鹿児島縁の人ではないかと思っていました。名前の他に、あくまでも私の主観ですが、お顔が薩摩の顔をしている。

池江家は大隅の肝付家に仕えた士族です。肝付家は古くて、島津家よりもかなり前からこの地に居ます。駆け足で書いてゆきます。968年、伴兼行という人が朝廷の役人として薩摩の国に着任した。その祖孫が大隅国肝付に城を築いて肝付姓を名乗った。
伴家はもともとが大伴家であったが、藤原家が台頭するにつれ大伴を名乗れなくなったようです。弓や剣を携え御門をお守りする職にあったわけですね。余談ですが、私個人的には「武士道」はこの時代より語られるべきだ、と思いますね。

伴兼行は「野太刀自顕流」の始祖です。薩摩には「示現流」というのがありますが、これは島津家のお庭流です。下級武士は自顕流です。桜田門外で井伊大老にとどめを刺した有村冶左衛門、生麦で馬上のリチャードソンを切り上げた奈良原喜左衛門、人斬り半次郎と呼ばれた中村半次郎、後の桐野利秋・・・・・・・。
番組では池江家は泳法にも優れ、西南戦争でも西郷軍一番隊を勤めた、と原口泉先生が仰っていました。
私個人の推測ですが、もしかして池江家は伴兼行に伴って京から来た一族ではないでしょうか。それはもう池江家は壮大な日本史の世界です。

時代が前後します。島津忠久が薩摩の国の守護職に任じられて以来、大隅国の肝付家とは敵同士で400年にわたり戦ったんです。島津が勝利するのですが、肝付家を根絶やしにはしません。肝付家を島津の家臣にしてしまうのです。島津さんは偉いですね。

それに大いに関連するのですけど、NHK「西郷どん」をたまたま観たら、「薩長の藩閥政治」と醜い、否定的なものとして描かれていました。少なくとも薩摩は藩閥に捉われず、真に国を想う者を引き上げてやったと言うのです。確か、「名前」の番組に出演されていた原口先生もどこかでそんなお話をされていたような。
就職先のない会津藩士を巡査に採用したのも薩摩の川路大警視です。川路以下彼らは西南戦争では西郷軍(池江家)と戦うことになります。官軍はまた、ご存じ、分列行進「抜刀隊」で敵の大将(西郷)を讃えています。

いや~、歴史って面白いですね。今宵はこんぐらいでよかんそかいな。





1810畑

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4 Comments

たみくさ  

テンプレイトを変えたのですか?横の文章がディスプレイの中に入りきらずとても読みづらくなってしまいました。出来れば元の様に読みやすくしていただければありがたいです。

2018/11/11 (Sun) 23:00 | EDIT | REPLY |   
Gくん  

こんばんは!

管理人さんの本文、causalさん、あやかさんの各投稿、拝読いたしました。本文とあやかさんが、島津氏の祖(初代)島津忠久に触れています。Gは、この辺の歴史を勉強するためにブログを始めました。以下長くなりますが。

忠久は、摂関近衛家の家司惟宗氏出身(諸説あるがこれが一番有力)で、1185年近衛家荘園「島津の荘」(都城を中心とした当時最大の荘園)の下司職、翌年同荘園・地頭職に任命されました。荘園とは、高級貴族・大寺社の私領を指します。下司職も地頭職も、荘園の管理人(主に徴税など)ですが、任命主体が違います。下司は荘園領主である近衛家から、地頭は鎌倉幕府(頼朝)から、任命されます。その後幕府から、薩摩・大隅・日向の守護職にも任命されます。

このあたりの事情はよくわかりませんが、忠久は近衛家家司の身分で近衛家から先ず下司職に任命され、頼朝の御家人でもあったので、その資格で幕府から地頭職にも任命されたと、Gは推定しています。この頃は、公家政権と武家政権の二重支配であったので、この「島津の荘」も事実上同じ職を、下司(公家政権)・地頭(武家政権)と分けて呼称したということだと考えています。中世の土地支配原則は、難解です。実際のところよくわからないようです。以上興味のないことを長々と書きました。

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(新刊の紹介)
イアンフ・徴用工と韓国から、挑発が続きます。この二つは、同根です。Gが待っていた書籍が、今11月2日発刊されました。マイケル・ヨン『決定版・慰安婦の真実』という本です。アメリカ政府が大金をかけて調査した「IWGレポート」に関する本です。Gも前からこの事実は、知っていたのですが、それが単行本化されたことは、きょう知りました。秋の夜長に、読書でも如何でしょうか!?

2018/11/11 (Sun) 20:55 | EDIT | REPLY |   
あやか  

抜刀隊の歌

 【抜刀隊の歌】、、、、知っていますよ。

 ◎我は官軍、我が敵は、 天地容れざる朝敵ぞ
  敵の大将たる者は、古今無双の英雄で
  之に従う、つわものは、 共に慓桿快死の士
  鬼神に恥じぬ勇あるも 天の許さぬ反逆を
  起こせし者は昔より 榮えし例(ためし)あらざるぞ
  、、、、、(以下略)、、、、◎


、、、と言う歌でしたね。
 この、歌のなかの、『朝敵』は、西郷隆盛のことですが、『朝敵』と呼びながらも、ある種の畏敬の念が滲み出ています。
敵味方に分かれて戦わざるを得なかったとは言え、お互いに敬意を表していたんですね。

この、『抜刀隊の歌』は、いまでも自衛隊や警視庁の公式行事で演奏されています。

警視庁の創設者『川路俊良大警視』も、立派なかたですね。
警察大学校の校庭に、川路大警視の銅像がありますよ。

それから、、もちろんのこと、、、、
薩摩藩の始祖、【島津忠久公】の勲功につきましては、計り知れないものがあります。
島津忠久公は、征夷大将軍・源頼朝公の「隠し子」ですが、九州の豪族「惟宗氏」の養子になられ、後に薩摩藩主になられたかたです。
薩摩人であれば、ご存知でしょう。

まあ、昔の人は、みな立派ですね。
それに、引き替え、いまの政治家・官僚・財界人の「ていたらく」をみれば、鬱没たる怒りを、かんじますね。
『コイツら、恥を知れ!!!』と、言いたいです。!!

2018/11/11 (Sun) 19:49 | EDIT | REPLY |   
causal  

責任とって

 こんにちは。
>農水省他関係省庁は日本の生産農家や農業を守らなければなりませんね。
「生産農家の利益を守る=国益を守る」と言う観点の無い、地方の役人及び農水省の役人(政治家も含む)は、損害金額を
孫子の代まで生産農家の方に返済しなくてはなりませんね。
https://matome.naver.jp/odai/2151244017753955501

2018/11/11 (Sun) 11:29 | EDIT | REPLY |   

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